· 

階級闘争について


 社会が2つ以上の階級に分れ,階級間に抗争が行われることを階級闘争という。フランス革命においてはリベラルな知識人層,保守的な所有者,無産者の3つの階級の対立があった。マルクスは『共産党宣言』のなかで「これまでのすべての社会の歴史は階級闘争の歴史である」と述べている。


 インドにおいてはバラモン、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラの四つの階級があった。しかし、インド特有のものがあり、階級闘争は起こらなかった。インドで階級闘争をするにはまず、宗教改革が必要だったのである。お釈迦様はカースト制度をバッサリとと否定し、それを支えていたバラモン教の宗教倫理、思想論理を否定した。それまでは、上位カーストに生まれるのは前世の行いがよかったから、下位カーストに生まれるのは前世の行いが悪かったから、という宗教的論理の元に、大衆は差別を肯定した社会を作り上げていった。ところが、釈尊は上位存在であろうと、下位存在であろうと、一切は皆苦しみであると喝破し、寂滅()こそ楽であるとされた。また、我々の情報の保管庫である遺伝子の存在に気づき、それを識(阿頼耶識)とされ、我々、生命体の生存志向()が識を子孫にコピーするということを、十二縁起を通して説かれた。そして、生存志向()の原因である無明(死への恐怖)を滅すれば、共喰いの螺旋である生命を解脱できる、と説いたのだ。それを、当時のインドの思想や常識では彼の言葉が理解できなかったために、その混合であるところの現在の仏教になってしまった。それは、全くドラスティックな、根本的な宗教革命だった。


 釈尊は、輪廻転生思想が、解脱を目論見つつも、その実、解脱を恐れる心による「延命」だと指摘されたのである。肉体的(ルーパ)の延命が生殖行為であり子造りであり、精神的(ナーマ)の延命が転生や来世の再生である。このことは仏法そのものである釈尊が、チュンダの延命のためのキノコ薬膳のせいであっけなく死んでしまう話により暗喩されている。仏法は延命されると死んでしまうのである。いずれも0を恐れ、1以上の数であり続けようとしている。ブッダはそこを突いたのだ。0よりよいものはない、と。それは、全く静かな、しかしとんでもない革命だった。


 ブッダは自分の教えが此岸に住む者たち、有情、生命体にとって自らの教えはあまりにも酷なものとして理解されないと予見し、「止みなん、舎利弗。復説くべからず。所以は何ん。仏の成就したまえる所は、第一希有難解の法なり。」と、説くことを躊躇した。生命体にとって生存の原因を滅し尽くすことは、恐怖以外の何モノでもない。そこで、釈尊は大悲大慈をもって生命体(有情)を見逃し、妊婦の出産を認め、スジャータを祝福する。この教えを理解するには、法を理解でき、なおかつ苦を知る人間に生まれる必要があり、畜生には言葉はわからない。また、寿命は長くとも天界の存在は快楽のあまり、己が生存に遠離の情を起こさないだろう。地獄の住人は苦痛のあまり、餓鬼は空腹のあまり聞法できない。


 修羅(アスラ)は闘争の原因を否定されてしまうので、耳を貸さないだろう。例えば、ソーマ酒を得るための労働を天(デーヴァ)と同じくしたのに、ソーマ酒を飲めたのは天(デーヴァ)だけなのだ。闘争相手の天(デーヴァ)との搾取関係を破壊して、生存状態の向上をはかるために闘争する。この両者の闘争は階級闘争という形で娑婆世界に反映される。天界では天(デーヴァ)対阿修羅(アスラ)間の闘争、資本主義社会ではプルジョワジー対プロレタリアート間の闘争となる。


 天の神々と阿修羅は数億年、あるいはそれ以上の時間、戦争を繰り返す。階級闘争は、搾取カーストから自己を防衛し,物心両面の生存状態の向上をはかるために、行われる。階級闘争の成功例では、搾取されていた下位カーストは古い生産関係を破壊し,新しい生産関係を創造することにより,生存状態の向上をはかる。しかし、ブッダは生存そのものを否定しているので、生存状態向上のための闘争もまた否定されてしまう。闘争という、存在の修羅の側面も否定されてしまうのだ。


 たまに、力の強い阿修羅王により天の神々が敗北する。それはヴリトラであったり、ヴィローチャナであったり、マハーバリだったりするが、その勝利もヴィシュヌやインドラの活躍により敗北するのがパターンである。修羅(アスラ)の、または彼らの反映である搾取される階級プロレタリアートに、その団結と闘争の勝利により有の感覚を増強して、我々は永遠なのだ、常住なのだ、と勘違いしてしまうことが問題だ。集団というのは有の感覚を強める。しかし、これらの有身見は無常なものだ。やがて、時の流れに敗北し分解され無に帰る。ソビエト連邦のように。しかし、彼らが一時的に勝利したのは確かだし、一時期は世界を二分する勢力ではあった。共産党は今や中国を中心とした東アジア、他はキューバにその勢力を保っている。


 プロレタリアートは同じく抑圧されている農民を同盟軍として戦うという。かつて、日本の農村は一揆という形で権力と戦った。一向一揆である。これは、日本オリジナルの階級闘争であろう。これは、仏教徒の起こした独立国とも言えるもので、仏教史において珍しい武装闘争を起こしている。比叡山の僧兵でさえ、大名と本格的な戦争を起こすことはなかった。


 浄土真宗本願寺教団によって組織された、僧侶、武士、農民、商工業者などによって形成された本願寺門徒による一揆の事である。本願寺派に属する寺を中心に、蓮如がいう「末代無智の在家止住の男女たらんともがらは、こころをひとつにて阿弥陀仏をふかくたのみまゐらて、さらに余のかたへこころをふらず、一心一向に仏たすけたまへと申さん衆生をば、たとひ罪業は深重なりとも、かならず弥陀如来すくひましますべし。これすなはち第十八の念仏往生の誓願のこころなり。かくのごとく決定してのうへには、ねてもさめても、いのちのらんかぎりは、称名念仏すべきものなり。あなかしこ、あなかしこ。」という教えに従う武士や、農民が自治的なコミューンを作り上げ、集結して各地域に強固な信仰組織を形成していった。浄土真宗のコミューンは1488年(長享2年)、加賀守護富樫政親と軍事衝突、勝利した。(加賀一向一揆)。次回は加賀一向一揆に焦点を当てたい。