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侵略への備え


 我々のすべきことは、中国の侵略を予見することであり、侵略に備えることである。中共の侵略は、ある時に必ず行われる。中共は虎視眈々とその時期を待ち構えている。老獪な人喰い虎のようにである。それは、南海トラフ地震に合わせて、侵略は行われるだろう。人道的支援、もしくは日本国内の中国人救出の名目で、大手を振って侵攻してくるものである。米軍基地は、南海トラフ相模トラフ連動地震によって、壊滅的被害を受けているだろうから、機能しない。自衛隊も、被害者救助に専念し、防衛機能が裸になっている時に、中共は必ず侵略してくるだろう。これはカルマであり、過去に侵略した国は侵略されるだろう。中国人には70年前の怨みを晴らすという大義名分があるのだ。全く怨みのないチベットや新疆でさえ、あのような目にあっているのだ。日本の天皇もダライ・ラマやパンチェン・ラマのように亡命か、暗殺か、という事態になるだろう。「日本解放第二期工作要綱」というものがある。いわば、アジア版の「シオン長老の議定書」のようなものである。陰謀論による偽書とされるが、まぁ、似たようなことは考えているだろう。


内容を紐解いてみれば、


①基本戦略として、「日本が現在保有している国力の全てを、我が党の支配下に置き、我が党の世界解放戦に奉仕せしめることにある」と書かれている。このほか日本のマスコミ、政党、政治家、極右極左団体、在日華僑に至るまでの工作手段が記されている、とされる。


②工作の初期においては、まずは「群衆掌握の心理戦」が実行されるとしている。文化事業を通じて中国への警戒心を無意識のうちに捨て去らせることが重要であり、そのことが「日本解放工作」の温床となり、「一部の日本人反動極右分子」を孤立させることに有効とされる


❷これはほぼ失敗している。チベットやウイグルへの弾圧、民族差別により警戒心はより激しくなっている。コロナウィルスもメイドイン・チャイナ説が囁かれている。


③工作員は2000人で、学界、マスコミ界、実業界に送り込むと記されている。スポーツや文化交流を通じて中国は「日本文化の来源」で、「文を重んじ、平和を愛する民族の国」とした印象・イメージを日本人に与えながら、中国語教師として工作員を送り込み、マスコミ工作を行うとともに、議員訪中団を招聘することなどによって日本に民主連合政府を樹立させるとしている。


❸訪中しているのはルーピー鳩山くらいである。アメリカを怒らせるくらいにしか、効果が見られない。


④性的な興奮を刺激する劇、映画、歌曲などを利用することが好ましいとし、逆に好ましくないものとして、スポ根もの、歴史もの、あるいは「ふるさと歌祭り」のように郷土愛や民族愛を喚起するものを挙げ、前者を多く、後者を少なく取り上げるよう誘導すると記されている。


❹どちらかというと、日本のAVに中国の男性は性的な興奮を刺激されている、という滑稽な状態だ。歴史やスポ根に関しては、るろ剣、鬼滅など明治、大正をモデルにしたものや、平安の呪術世界を現代に蘇らせた呪術廻戦、ハイキュー、弱虫ペダル、などのスポ根ものの日本のアニメが中国に逆輸入されているのが現状だ。


 工作はものの見事に失敗しているようにも見える。それて、この文書が偽書だからか、詰めが甘いように思える。この文書を作成した者の想像力を凌駕した事態が、行われているからだ。それほどにコロナウィルスの影響は甚大だ。東京オリンピックの失敗は勿論のこと、中共が世界に仕掛けた見えない戦争が巧妙な故に「日本解放第二期工作要綱」は色褪せて見えるのだ。中共は進化した。バイオテクノロジー、仮想電子通貨(デジタル人民元)AI、テクノロジーの進歩と資本投下により、進化は加速している。しかも、東京オリンピック失敗、緊急事態宣言による経済損失、そして近い将来にある南海トラフ地震により、日本が弱体化するのを待っている。怪我した獲物が弱るのを待つ人喰い虎のように


 しかし、日本の脆弱な現政権に、それを乗り切る力はないだろう。天皇家にしても、婿からの小室天皇なんて冗談が成立しそうなくらい、権威が失墜していると思う。では、我々はどうすればいいか?チベットや新疆のようになるのを、座して待つのか?


 こんなことを説いても、誰一人として賛同するものはいないし、三島由紀夫の気分である。自衛隊に決起を促し、日本を救おうとした三島に、自衛隊や国民は野次と嘲笑で答えた。左翼陣営のほうがまだ元気がよかっただろう。反日武装戦線や赤軍は、侵略者としての自分の親世代を批判、否定することから始まり、テロルに走り、分派して同胞らで殺し合うことで弱体化した。生き残りはアラブや北朝鮮まで逃走しドンパチをして、一部では英雄扱いされているが、それも海外勢力の政治的な手法にすぎないだろう。そもそも、日本を変えれてないし。そうして"アツい世代"が見事にコケて、モラトリアムの、クールなオタク世代が来た。村上春樹、ディスコ、バブル、新興宗教、コギャル、オタク…。自己本位の、享楽的な世代は、他者に冷たい、個々の趣味に熱中した世代となり、コントロールされやすくなった秀才たちを、コントロールに長けた者が操り、グルイズムのもとに左翼諸君もビックリのテロを起こした。警視庁長官を狙撃し、地下鉄に毒ガスを撒いた。しかし、日本は変わらず、オウム諸君もコケて、麻原は処刑された。まぁ、日本が変わらないでいるのはイラつく反面、頼もしいのだが、最近はどうも弱体化してきているような気がする。南海トラフの中共侵略のコンボによるカタストロフィは必ず来るし、日本はどうなるのか?と思案している。そこで、私は日本という国体は幻想であり、空であり、天皇制と神社と寺と、日本語という言語によってかろうじて支えられている、思想がバラバラのご近所の烏合の衆である、ということに気づいたのである。私は別に思想宗教文化の自由があり、民が幸せであれば世界政府が統治していたっていい、ただ、コミンテルンや中共による統治はまっぴらごめんだ、という自らの思いに思い至ったのである(続く)。


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