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反PRCの燈明

PRC(中華人民共和国)の生み出したコロナウイルス兵器COVID19が、PRCの忖度機関WHOによって拡散する中、皆さまいかがお過ごしでしょうか?マスク、手洗い、消毒してますか?

さて、私が、皆さんに言いたいことは

PRCをぶっ壊す!」です。


ttps://youtu.be/e37HUNll9d0


仏教は偉大な体系である。しかし、共産主義という他の思想の絶滅を彼らの教義にしているものたちに、いつ弾圧、迫害されるかわからない。それどころか、チベット仏教徒や法輪功などはすでに中華人民共和国(PRC)からは迫害されているのだ。


日本は仏教国なので、そのような迫害はないように思えるが、戦時中には国家神道による破仏があった。戦時中は特高により拷問や投獄の憂き目にあった仏教関係者もいただろう。また、戦国時代には織田信長のような権力者による焼き討ち、ジェノサイドが行われている。比較的温厚な徳川幕府下においても、宗派によっては弾圧があり、日蓮宗不受不施派や隠れ念仏のような迫害を受けた宗派があった。隠れ念仏などは庶民の知恵の結晶だと思う。日本では仏教への迫害はかなり頻繁に起こったことだった。


思うに、インドのカースト不可触民から発生した仏教は、超権力的なものの弾圧と戦い、逃亡し、あるいは身を隠してその教えを絶やさぬようにしてきた。彼らに政権の抑圧は日常であり、そのために用心深さ、賢さが必要だったとも言える。釈尊が崇拝のための偶像やシンボルについて作るなかれ、と説いたのも権力者による弾圧の目印になることによるに違いない。


法華経の他の経典と特別に違うところは、その弾圧への予見にあると思う。見宝塔品には仏滅後に法華経を弘めるのは大難事(六難九易)であると、勧持品には滅後末法に法華経を弘める者が迫害をされると説かれている。阿練若(蘭若)に住む僧からは軽んじられ、外道扱いされるとある。また、常不軽菩薩品でも迫害がテーマとして説かれる。常不軽菩薩品では釈尊の前世である常不軽菩薩が迫害される姿が描写されている。ちなみに仏教徒が迫害に対する抗議の焼身は金光明経や華厳経にも説かれているが、法華経の薬王菩薩品の影響に依るところが大きい。日蓮宗は日蓮や宗派が迫害されたのをバネにして拡大に成功した宗教である。法華経に迫害への予見が記されていることがそれを可能にした。彼らは佐渡に流されて処刑されそうになっても、焼けた鍋を被らされても、国家上層部に物申すことをやめないのだ。日蓮はこうも言っている、


法華経守護の為の弓箭兵杖は 仏法の定れる法なり例せば国王守護の為に刀杖を集むるが如し(行敏訴状御会通)


正面きって戦うという意見もあるかもしれない。しかし、人殺しの技術を日夜磨いている人民解放軍と、お経の練習を日夜している僧侶たちでは、戦闘能力の差がありすぎる。なので、戦略が必要となる。無論、我々も戦闘訓練をする必要がある。さらには、人民を内側から仏弟子にするため教化し、革命を起こさせる。中国国内の護法戦士と中国国外の護法戦士の力が必要となる。


映画『マトリックス』のモーフィアスの台詞を言い換えてみよう。


中国共産党はシステムだ。そのシステムが我々の敵なんだ。その内側にいて、周囲を見渡せば、何が見える? 


ビジネスマン、教師、弁護士、大工。


彼らこそが我々が救出しようとしている『心』 だ。


だが、我々が救助を終えるまでは、彼らは中共のシステムの一部、つまり我々の敵になるんだ。


心しておけ、彼らの多くはプラグを抜かれる準備ができていない。


絶望的なまでに飼いならされ、共産党のシステムに依存した彼らは、システムを崩そうとする者を攻撃しようとするだろう。


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一連のPRCによる周辺諸国、諸民族への侵攻、天安門や香港のデモへの弾圧、チェルノブイリクラスの生物兵器汚染など、PRCの悪業は天にまで積み重なっている。中でもチベットへの侵攻と仏教徒への迫害ほど酷いものはない。パンチェン・ラマの変死が暗殺なのは限りなく黒に近い。李文亮医師は本当にウィルスで死んだのか?当局に暗殺されたのでは?英雄に生きてもらっては困ると、中国共産党は考えたのではないか?


さて、まず必要なのは武漢の殺人ウィルスのパンデミックの責任、及びそれが人民解放軍が人工的に培養された生物兵器だった、そのことを、広く国際的に問う必要がある。


今や我々はこの凶悪な人喰い虎のような国家を討つ必要がある。政治力、武力、宗教的教化などあらゆる手段によってである。


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信仰的には天台、真言、ゲルク派を信仰していますので、日蓮さんに大聖人等の敬称を避けました。が、個人的には好きな処もあります(文章とか)。別に、PRCをぶっ壊す、ことが目的なので日蓮宗の他宗批判や在家団体セクト内ゲバ問題は関係ないです(念のため)