· 

弥陀と弥勒 その3

釈迦讃、というお経がある。よく勤行でお唱えするのだが、このお経がなかなかカッコイイのである。


釈迦讃


敬禮天人大覺尊 恒沙福知皆圓満

因圓果満成正覺 住壽凝然無去来

衆生没在生死海 輪廻五趣無出期

善逝悟為妙法舩 脳滅愛流到彼岸

願於来世恒沙劫 念念不捨天人師

如影随形不暫離 晝夜勤修於種智

霊山釈迦行妙尊 金口所説法華経

生生世世得値遇 在世處處聞法音

如彼往昔沙羅林 五十ニ類最後供

我今所獻亦如是 當来願得無上報

非生現生伽昆羅城 非滅現滅倶尸那城

常在霊山度衆生 故我頂禮釈迦尊

釈迦能忍世間苦 往来八千度

衆生得益無数億 故我頂禮釈迦尊

倶尸那城跋堤河 在沙羅林雙樹下

頭北面西右脇臥 二月十五夜半滅

願我往生極楽界 異類衆生示正道

作不生死能引導 疾證無上菩提

七日巳前知死後 臨命終時不顚倒

正念往生極楽界 悟無生忍證十地

一切業障海 皆従妄想生 若欲懺悔者

端坐思實相 衆罪如霜露 慧日能消除

是故應至心 懺悔六情根

毎日晨朝入諸定 入諸地獄令離苦

無佛世界度衆生 今世後世能引導

妙法蓮華経 是大摩訶衍 

衆生如教行 自然成佛道

願以此功徳 普及於一切

我等與衆生 皆共成佛道


お釈迦様への讃歌だが、その中に頭北面西右脇臥という一節がある。お釈迦様は頭を北向きに顔を西に向けて、右脇を下にして入滅された。ので、後の世ではご臨終されたお方は北枕で西に顔を向ける風習となった。お釈迦様が西を向いて般涅槃されたのは、西方には、カピラヴァスドゥ(伽昆羅城)というお釈迦様の故郷があったから、という説から、もしくは故郷に足を向けて寝ないというならわしがインドにあり、入滅の際は北にカピラヴァスドゥ(伽昆羅城)が位置した、という説もある。カピラヴァスドゥについては非生現生伽昆羅城という一節からもわかると思う。

また、たんに西の極楽浄土を見て、入滅されたという説もある。

釈迦讃では続いて、二月十五夜半滅という一節が来る。お釈迦様は旧暦の215日夜に入滅された、ということである。旧暦の215日は太陽暦の321日前後である。ちょうど春のお彼岸春秋分点すなわち"equinox"となる。この日には太陽が真西に沈むため、この日の日没はとても重要なのである。その真西に西方極楽浄土はあるとされたのだ。涅槃会というものもあるが、真の涅槃会は春彼岸の日が正しいのである。しかし、3月下旬ともなれば灌仏会(釈迦生誕祭)の48日と近いために、インドやミャンマー、タイなどではウエサーカー祭として同じ日にお釈迦様の入滅と生誕を祝うのである。


さて、ここで重要なのが二千年前のお釈迦様の入滅時も春彼岸の夜だったということだ。つまり、同じ星空、同じ星座が空に昇っていたということだ。歳差運動あるしても。つまり、"春の星座"を調べれば釈尊入滅時の夜空がわかるのではないか?西方にはどの星座があったのだろうか?インドのクシナガラ周辺の3月の星座を「ステラリウム」なる天文ソフトで調べてみると、BC383年真西には「雄牛座」がある。まぁ、2千年後の空模様もあまり変わらない。というわけで、お釈迦様の見ていた「西」には雄牛座があった。雄牛座には赤い恒星アルデバランからプレアデス星団、ヒアデス星団など、いわゆるUFOコンタクティが示唆するところの有名な天体がひしめいている。さらにペルセウス座やオリオン座が隣接しており、両星座ともモデルはミトラと言われている星座である。雄牛座の真上にあり、メデューサから目を逸らしている。ミトラの神像は皆んな目を牛から逸らしているのである。さらに言えば、ペルセウスはキビシス(袋)を持っている。これは、メデューサの首を仕舞うためのものだが、袋を持った仏の原型でもある。とくに、七福神の布袋尊は弥勒菩薩の化身として有名である。布袋と牛が出てくるのが十牛図であり、ペルセウス座と雄牛座が涅槃会において真西に位置するこミトラが真西にいるということでもある。つまり、阿弥陀が真西にいるということ。さらに言えば、アルデバランは紅頗黎色をしており、阿弥陀と弥勒とミトラが、雄牛座星系の存在ということが示唆されるのである。同