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軍荼利明王と竜女

軍荼利明王(ぐんだりみょうおう)は、宝生如来の教令輪身とされる尊格である。様々な障碍を除くとされ、五大明王の一尊としては南方に配される。

胎蔵界曼荼羅おいては、軍荼利明王として、金剛界曼荼羅においては、甘露軍荼利菩薩、金剛軍荼利菩薩、蓮華軍荼利菩薩がいる。これを三部軍荼利と呼ぶが、軍荼利明王に該当するのは甘露軍荼利菩薩、サンスクリット語いうアムリタ・クンダリンである。アムリタとは、不死の霊薬のこと、クンダリンは水瓶、あるいは、とぐろを巻いた蛇のこと。


真言はオンアミリティウンハッタ。


軍荼利明王はその名や仏像の形とおりに、あのクンダリニーという「火の蛇」の力を指しているように思える。しかし、その一方で水瓶、つまりアムリタを満たした水瓶を暗示している。蛇とアムリタの間にはいったいどんな因縁が潜んでいるのだろうか?真言はアムリタを暗示しているが…。


甘露に関する仏はかなり多い。まず、阿弥陀如来の真言はオン・アミリタ・テイゼイカラウンである。アミリタというサンスクリットはもちろんアムリタ=甘露のこと。


また馬頭観音はオンアミリタドハバウンハッタ。馬頭観音さまも甘露尊なわけだ。さらに勢至菩薩に至っては頭に水瓶があるわけである。観音さまの頭には小さな阿弥陀仏が直接いて、それが見分けるポイントになっている。最近は医学が発達していて、脳の器官についても研究されているが、馬頭は海馬に、螺髪は松ぼっくりそっくりなので松果体に似ている。医学的にはこの甘露、アムリタは海馬や松果体周辺から分泌される脳内物質の一種とも考えられる。つまり、水瓶(クンダリン)とはカパーラ(頭蓋骨)のことなのではあるまいか?ヨーガの技法により、甘露アムリタは発生する。


そもそもアムリタはヴィシュヌ神が作ろうと思いたち、デーヴァとアスラを総動員したわけである。作り方は曼荼羅山という半球状の山にヴァースキ竜王というナーガを巻き、綱引きするというものだ。半球状の山、つまりは曼荼羅山はカパーラ(頭蓋骨)の暗喩なのである。そして、おそらくはデーヴァは静かな呼吸、アスラは荒い呼吸であり、ヴァースキはナーディを流れるプラーナを暗示している。静寂な呼吸と激しい呼吸…この特殊なある呼吸法により頭蓋骨(水瓶)の中はアムリタで満たされる。その呼吸法についてはここには記さないでおく。また、書く機会があるかもしれない。


その後、アムリタに関する神話にラーフラの話しがある。アムリタを獲得したヴィシュヌ神や神々は宴会を開いた。その隙にアスラのラーフがアムリタを盗み飲んだが、ヴィシュヌがそれを見つけて武器チャクラムを放った。チャクラムにより首をはねられたラーフラだが、すでにアムリタにより不死になっていたため永劫に星空を巡るハメになる。日食や月食もラーフラが太陽と月を食べようとして起こるという。この神話から多くのことが読みとれる。ラーフラは貪欲の意味合いがある。チャクラムが首をはねた時、チャクラは喉に位置している。おさらくは喉のヴィシュダチャクラが関係しているのだ。ヴィシュダチャクラによりおそらく貪欲=食欲が止まる。このチャクラの目覚めがアムリタをカパーラに満たす時に重要なものになる。


ところで、実は軍荼利明王と関係あるのが、法華経の変成男子する竜女の話し。彼女は珠を釈尊に渡した。この竜女はおそらくシャクティである。クンダリニーは、耳環、腕環、螺旋、巻き毛などを意味するサンスクリット語クンダラ(kuṇḍala)の派生語クンダリン(kuṇḍalin、「螺旋を有するもの」の意)の女性形主格である。


ヨーガのクンダリニー女神は元は非アーリヤ系の不可触民に起源をもつ女神であったという説がある。チャンダリーないしはマタンギと呼ばれる女性たちである。ヨーガのクンダリニーの起源であるこの女神が仏教に取り入れられて、日本に伝わる途上の中国で性転換させられて女神から男尊の軍荼利明王になった。つまりは、変成男子である。クンダリニーは竜女なのだ。


レプティリアン説から考えれば、珠を釈尊に渡すのは彼らの血を取り込んだアーリア女性が卵を釈尊に渡すわけである。レプティリアンの血を取り込んだドラヴィダ人女性たちについては降三世明王の章を参照。

なお、提婆達多品において提婆達多が出てくるのは彼のした罪が「仏身から血を流させる…出仏身血」」「教団から分派を率いて独立する…破和合僧」つまり、彼らアーリアン(レプティリアン)の血脈が別れて独立したことを表している。提婆達多はおそらくはこのことを示す標識としてのみ登場する。本家に対して分家がいるということ。レプティリアンの分家の子孫がシャカ族なのではあるまいか?


軍荼利明王は、疫病をもたらす象頭の神、毘那夜迦(ガネーシャ)を調伏するとされている。シャクティがその息子に強いのは当たり前である。


憶測でしかないが、ガネーシャはシヴァの息子だが、ラーフラと同じく首をはねられた神格である。ヴィシュダチャクラと何らかの関係があるのかもしれない。龍神ラーフラはまた、釈尊の息子の名前と同じでもある。奇妙な共通点がここにある。