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天狗

天狗は、日本において伝承される妖怪である。山伏の格好で鼻が異様に高い。烏天狗のように頭部が鳥類の姿をしている。翼があり空中を飛翔する。神通力(超能力)があるが、その力の故に慢心している。その傲慢さ故に成仏できずに、かといって苦行者なので地獄にも落ちない。天狗は常人から見れば、ぞっとするような修行をする。仏教でない外道、例えばヨーガのサドゥー(苦行者)に近い。天狗の世界(天狗道)は魔道とも言われており、外法様ともいう。


本来、「天狗」という語は、古代中国において流星という意味であった。 大気圏に突入した火球は空中で爆発し、大音響を発する。これを咆哮しながら山を駈け降りる犬の姿に見立てている。天狗は凶星として恐れられた。


中国の『史記』『漢書』『晋書』には天狗の記事がある。仏教からは『正法念處經』というお経に記載がある。『光燄騰赫 見此相者皆言憂流迦下 魏言天狗下』という原文だが、古代インドにはウルカ(漢訳:憂流迦)という名前の流星があった、という内容である。


現在、伝えられている天狗は修験者の格好で赤い顔に高い鼻、空を飛び、葉っぱのウチワを持ち、高笑いして神通力を自慢するイメージは、中世以降に作られた。むしろ烏天狗のほうが爬虫類人種には近い。また、鼻が高いというが、これは角ではないか?と推測される。トリケラトプス系の爬虫類人種は鼻のあたりに角があるからだ。この点は角大師の章を参考にされたし。


天狗の定義としては『平家物語』に詳しい。「人にて人ならず、鳥にて鳥ならず、犬にて犬ならず、足手は人、かしらは犬、左右に羽根はえ、飛び歩くもの」とある。


太古の昔から里の民(ホモ・サピエンス)には知らずに血脈を受け継いできた爬虫類人種がいるとすれば、彼らは山に隠れるに違いない。知能があり人のようだが、人に非ず。鳥のように嘴や翼あれど、鳥に非ず。犬のように牙が鋭いが、犬に非ず。


11代天皇の垂仁天皇は両脇の下の金と緑の羽を持ち、肘にも同じような羽が根ざしていたが、恐竜であるトロオドンやディノニクスも同じように脇から肘にかけての翼を生やしている。彼らのうち一部が進化して人間の支配者の皇族となり、一部は彼らの暮らしやすい環境…ジュラ紀や白亜紀のような濃厚な自然の残る山に隠棲した。彼らはサンカと呼ばれ、明治時代前には日本全国で20万人もいたという。彼らの一部は隔世遺伝的復活を果たし、人間にない能力を駆使し天を飛行する「天狗」となった。


神隠し、天狗隠し、天狗攫い、というものもある。子供が攫われ、しばらくすると生家に戻る、といったものだ。天狗攫いでよく知られているのは、天狗小僧寅吉の話し。彼は7歳のとき江戸において天狗攫いに遭い、数年後の文政3年(1820年)に戻ってきて、当時の人々を驚かせた。1820年まで天狗は日本の山に存在していたようだ。デービッド・アイクによれば爬虫類人種は自らを人間の形態に留めておくために人間の血液や遺伝子を摂取するという。これが西洋の吸血鬼や狼男の伝説の元だという。だとしたら子供を攫う理由は…


さらに、西洋の吸血鬼や狼男などのシェイプシフターとの共通点に、その変身能力や隠形の能力にある。吸血鬼には鏡に映るが見えない、霧となる、などの伝承があるが、天狗には有名な「天狗の隠れ蓑」なるものがある。


ある男が、火吹き竹の穴をのぞき、「江戸が見える、大阪が見える」と言って、天狗の関心を惹き、騙された天狗が隠れ蓑とただの火吹き竹を取りかえる話がある。この隠れ蓑をまとうと姿が見えなくなり、蓑を燃やした灰にも効力があるという。この男は灰を身体に塗りたくり町に出て悪戯をするが、灰が取れてしまい、バレてしまうという話しだが、灰を塗りたくるところに、ヨーガのシヴァ派のサドゥーに似たところがある。また、火吹き竹を覗くと「万物を見通す一つ目」となるが、これも大正天皇の挙動不審の真意と同じく、深い意味があるのかもしれない。天狗や天皇家が何に属しているか、という話し。


レプティリアンは人には見えない亜空間に住み、娑婆世界に出てくる時には、自らの血脈にある人間に憑依して、世の中を操ると言われている。この血脈の人間が、いわゆるロスチャイルドやイギリスのウィンザー朝の王室、そして日本の天皇家とされる。これらブルーブラッド(青い血の貴族)、爬虫類人種の裔たちの肉体こそが、真の「天狗の隠れ蓑」と言えるかもしれない


なお、日本の修験道には興味深いものがたくさんあるので、次回から少しずつ取り上げていきたい。幸運なことに私は修験道を学ぶことができる立場にあるのだが、やはり原始仏教とはものすごくかけ離れた教えになっている。が、妙に気になるところもあるにはあるのである。