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龍王羅睺羅

ブッダは龍王と呼ばれていた。古代インドのシッディを持つ成就者を龍(ナーガ)に喩えられた。


阿含経にはカッサパ三兄弟の龍を釈尊が調伏した話しがあるが、その時に、火界定に入った釈尊のことを「人間の龍王」と表現されているのである。


しかし、ただ成就者だからナーガと言われているのか?彼の息子であるラフラの逸話を聴くに、他の可能性も見えてくる。釈尊が実際にナーガ、または爬虫類人種の血統である証拠が、彼の実子に見られると思うのである。


そこに、シッダールタが四門出遊した真の理由が見え隠れする。まぁ四門出遊そのものが偽の逸話なる説もあるが、それは置いておこう。


スッタニパータ、阿含経、ダンマパダなどの原始仏教に近いお経を根本経典にする人たちは、華厳経、理趣経、阿弥陀経、法華経を偽経として批判する。もちろん、偽経である。しかし、重要なコード(暗号)の含まれているお経もある。


法華経の提婆達多品から勧持品までの流れでは、全て釈尊の元家族、親戚が登場する。提婆達多、憍曇弥、耶輸陀羅の順番である。しかし、ここに8歳の龍女を間に挟んでいるという謎が残るのである。8歳の龍女はシャカ族の王室にいた誰かである可能性が高い。実はこの提婆達多品の龍女のパートが、他のお経と違ってある事実が描かれていると思うのである。

耶輸陀羅の身辺や出身には多くの説があり、釈迦族と同じ祖先である拘利(コーリヤ)族の王女説、釈迦族の大臣の娘説、などがある。この釈迦寺と拘利(コーリヤ)族共通の祖先はレプティリアン(爬虫類人種)なのではなかろうか?シャカ族はナーガの血を引くものであったとされる。

8歳の龍女が釈尊に渡した宝珠は卵なのではないか?と思う。釈尊も耶輸陀羅も爬虫類人種(ナーガ)の血を引いていたのではないか?


8歳龍女が変成男子するということはラフラが実は女性であったという説も考えられるのである。つまり、釈迦の出家の原因が、世継ぎが女の子として生まれてしまったということ。しかし、卵を渡したということは父は誰なんだ?という問題が生じてしまう。


また、後に書くが、法華経に頻繁に出てくる宝珠「龍の卵」、龍の遺産、龍の痕跡、もしくは「龍に成る可能性」ということだろう。「龍に成る」とは将棋のようだが、将棋にも飛車(チャクラ)と角と、秘教的なものが込められている。正しくは「龍に戻る」であろう。人が猿の子孫なわけがない。人が猿の子孫なんてのは情報操作による大衆を騙すための知識に他ならない。


さて、彼ら…地球先住民であるところの爬虫類人種の痕跡は、人の肉体(衣)の中に隠れているのである(衣裏繋珠)が、あの話では人世界で困らない能力くらいは先祖返り的に復活する、と言いたいのだ。法華経にはその龍の卵の位置まで記されている。これはまた後述しよう。


ラーフラ(あるいはラゴーラ)と表記されるが、これが多くの仏典で羅睺羅と漢訳される。羅睺羅は障碍や障月という意味。その意味は日食・月食など食を起こす魔神ラーフからきている。宿曜の羅睺である。


古代サンスクリット語では、「ラーフ」(羅睺)はナーガ(龍)の頭、「ケートゥ」(計都)は尻尾を意味した。シャカ族のトーテムはナーガである。「ナーガの頭になる者」という意味を込めて釈尊は名付けた。ナーガの頭とは、ナーガの王、すなわち龍王のことである。


もう一つ、私の説としては、頭部が人間とは違う形状だった可能性があると思うのだ。ようするに、奇形だった可能性である。奇形と言っても周梨槃特のような障害を持っていたわけではない。デビッド・リンチ監督の「エレファントマン」のような。心象としては「イレイザーヘッド」のような懊悩であろう。


特筆すべきは十大弟子になってからの羅睺羅の逸話、または仏像の形象である。まず、彼は厠に寝ていたというが、おそらくは姿が異形なため人前に出たがらず、厠に隠れていたのではないか?或いは女子であったためだが、この説はかなり問題を孕んでいるので、慎重を期する必要がある。サンガにおいて、卵が出てくるとマズイのである。この羅睺羅女子説は、奇形説よりマズイ。


また、仏像の形象であるが、羅睺羅は顔が醜く、父の釈尊に似ていなかった。それで、サンガの僧たちから実の息子でないと噂された。そこで、羅睺羅は胸に手を突っ込んで開いて、内在する仏を皆に見せた、と言われている。だが、顔が醜いというより、やはり、異形の頭部を持っていたのではないか?或いは、顔が醜いという伝承の元となった噂は、女子であることを隠すためなのかもしれない。しかし、女子であると胸を開いて見せたは、女性であることを明かしたともとれる。しかしこれは、なんとも言えないタブーである。


さて、本来の趣旨である爬虫類人類説に戻ると、この仏像は脱皮しているようにも見える。また、デービッド・アイクによれば爬虫類人種は人の身体に憑依し、肉体を服のように見ているという。まるで宇宙服のように人間の肉体を「着用」しているというのだ。さらに、爬虫類人種の遺伝子コードの多い特殊な一族は、憑依しやすいために、人間の世界に影響を及ぼすときには、彼ら特殊な血族の「肉体を着て」娑婆世界に作用するようだ。どうも羅睺羅の仏像はそれを表していると思う。羅睺羅は阿羅漢果を得たようだ。悟った者は形態を解脱し、自在に変化するという。羅睺羅も自在に「服」を脱いだのではなかろうか。(女子説だとヤバい展開だが。)