· 

舎利鳥

舎利子(しゃりし)、または、舎利弗(しゃりほつ)と呼ばれている人のことは、仏教徒ならば誰もが知っているだろう。釈迦の十大弟子の一人である。釈迦の弟子中において、智慧第一と称された。目連(モッガラーナ)と共に外道の師サンジャヤから釈尊に帰依した。


サンスクリット語ではŚāriputra シャーリプトラ。パーリ語ではSāriputta サーリプッタ。


舎利子の舎利(しゃり・シャーリ・サーリ)は母親の名前がシャーリーであることから。サンスクリット語で息子を意味するプトラは、梵語の発音がそのまま中国語の仏を意味するので、舎利佛(しゃりふ)と阿弥陀経などの大乗妙典では表されている。般若心経では元の意味を尊重し舎利子(しゃりし)と表される。「シャーリーの子」の意。


「シャーリー」は、とあるインドの鳥を意味し、「鶖鷺」などと漢訳されるが、いずれの鳥であるかは判然としない。鷺や烏や九官鳥とも推測されるが、どのような鳥であるかは全く不明なのである。ただ、色は黒く、人の言葉を理解し、暗唱する類の鳥であるらしい。釈尊の言葉の記憶役である舎利弗というウィットに富んだ意味であろうか?


また、舎利(シャーリー)は阿弥陀経の浄土の六鳥のうちの一つである。


『また次に、舎利弗、かの国には常に種種の奇妙雑色の鳥あり。白鵠・孔雀・鸚鵡・舎利・迦陵頻伽・共命の鳥なり。このもろもろの衆鳥、昼夜六時に和雅の声を出だす。その音、五根・五力・七菩提分・八聖道分、かくのごときらの法を演暢す。その土の衆生、この声を聞き已りて、みなことごとく仏を念じ、法を念じ、僧を念ず。』『仏説阿弥陀経』


阿弥陀経に描写されている極楽には、何故かこのように「鳥」がたくさん出てくる。当の舎利弗が極楽になぜ六道中の畜生の「鳥」が出てくるのか?と問うが、お釈迦さまは、これらの鳥は阿弥陀さまの創った法(概念)、つまり実際の鳥でなく、何らかのメタファーだ、と答えるのである。


緊那羅(キンナラ)とも呼ばれる「鳥」に似たものが、オルニソスケリダ類から派生した爬虫類人種だというのが、ここで何回も強調している説である。


トロオドン、プシッタコサウルス、オルニトミムス、コリトラプトルなど、鳥の先祖たちが、「極楽」における「鳥」なのではなかろうか?


何故なら、阿弥陀如来は過去仏であるから。そもそも西方とはインドのヨガの太陽礼拝からすれば後方、背面に位置する。毎朝のヨガで東に向くならば、西…背面はすなわち過去である。西方に十万億土とは、測りきれないほど久遠の昔、というメタファーなのだ。すなわち、数億年前の地球を示唆しているのではあるまいか?法華経の如来寿量品における久遠仏である釈迦は、阿弥陀如来とも言われている。自我偈における霊山浄土の描写は、極めて阿弥陀経の極楽浄土の描写に似通っているのである。


3億年前に爬虫類が出現し、2億5千万年ほど前に恐竜が出現した。これらの恐竜は羽毛恐竜なので、先の阿弥陀経のメタファーの対象である。そして、1億5千万年前に鳥類が出現する。


どうも、お釈迦さまは、地球史において数億年も太古の「鳥」に似たものたちを意識しているようなのだ。もちろん、この「鳥」に似たものは「竜」でもあり「蛇」でもあり、「牛」でもある。哺乳類しか知らなければキメラ、または「鵺」と表現するしかないものだ。しかし、仏教では「鳥」として意識されることが多い。ヒンズーでは「牛」として認識されることが多くなる。ユダヤ教キリスト教では「蛇」とされる。


そして、舎利子…「シャーリーの子」なる呼びかけは、かなりの経典に見られるが、恐らくは「彼ら」に呼びかけているのだ。今の「人道」の世界すらなかったころ、地球を支配していた、彼ら「人間ではないもの」の裔に。シャーリーと言われる「彼ら」の裔、子孫という意味が、舎利子なる名前には込められている。知能あるシャーリーは人語を解する「鳥のようなもの」である。そして、恐らくは、釈尊じしんの同胞として呼びかけているのだ。


釈尊じしんが「彼ら」の裔であるという根拠については、次頁に述べる。