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龍種である元三大師

ここで天皇家が爬虫類人種であるという証人でもあるお方を紹介したい。かなり有名なお方だが、「天皇の子」としては、広く認識されてはいないのではなかろうか?元三大師つまり良源さんのことなのであるが、このお方が「宇田川天皇の子」であれば、文字通り龍種であることになる。中国において龍種という語には、皇帝の子という意味もあるのだから。ここでひとつの参考文献として、谷崎潤一郎の『乳野物語』を推挙したい。元三大師が「宇田川天皇のご落胤」という伝承を元に、谷崎潤一郎の名文を味わうことができる。


良源(延喜12年9月3日~永観3年1月3日)は平安時代の天台宗の僧。諡号は慈恵(じえ)。一般には通称の元三大師(がんざんだいし)の名で知られる。これは永観3年1月3日に遷化したから、つまり元旦から三日が寂日なので、元三と言うのである。第18代天台座主であり、比叡山延暦寺の中興の祖である。比叡山の僧兵の創始者でもある。


元三大師を象った護符には「角(つの)大師」が有名であろう。奇怪なおどろおどろしいデザインの魔除けの護符だが、広く信仰されている。


角大師

角大師と呼ばれる図像には、2本の角を持ち骨と皮とに痩せさらばえた夜叉の像を表している。『元三大師縁起』の伝承によると、疫病神が良源の前に参上し取り憑くことを告げたところ、小指にのみ憑くことを許した。それでもキツいので弾指により弾き飛ばした。小指でもキツイのだから、巷の衆生は大変であろうと、角のある夜叉の姿に化した自分を僧侶に書き写させたという。それを魔除けの護符として比叡山の麓や京都の民家で貼らせたところ、疫病がこれを避けた。これが角大師信仰の始まりであった。


他に豆大師と言い、紙に33体の豆粒のような大師像を表した護符もある。良源は観音の化身とされ、観音は衆生救済のために33の姿に化身するという「法華経」の説に基づいたものである。「魔滅大師」といい、豆粒のように小さいから豆大師と名付けられたという話は俗説であり正しくはないようだ。確かに観音菩薩の33の化身ならば、それぞれの化身は姿が違って然るべきで、豆のような大師が33人もいる、というのはおかしいのかもしれない。


良源は延喜12年(912)9月3日、

近江国浅井郡虎姫(現在の滋賀県長浜市)に生まれた。父は木津(こず)氏、母は物部氏となっているものの、詳しいことについてはわかっていないので、低い身分の出自という説もある。しかし、ここでは宇田川天皇のご落胤という比叡山に伝わる伝承を採用したいと思う。


『乳野物語』によれば、


 【大師はしばしば宮中に召されたが、いつも御所へ上ることを「帰る帰る」と云つた

  ので、大師が院の落胤であることを世人が誰も知るやうになつた。】


とのことである。また、光圓師によれば公的な文献などはないが、比叡山の僧侶は代々語り継いできたことであるので、皆それを信じて疑わない、とのことだ。


なお、『乳野物語』では、読むお経に「法華殲法」が出てきて「しんけいれい」と光圓師が読む箇所などあり、私も寺の修正会で出仕した際には法華殲法を読ませていただいていたので、1人ほくそ笑んでいた。


小説には横川のことも出てきて、光圓師が案内しているが、とても面白い。小説での見所だが、コカコーラを体験したことのない般若湯(酒)の大好きな光圓師がコークハイを始めて飲んで「悪くないですなぁ」と陶然とするシーンがある。そこから乳野に赴き、元三大師の母である月子姫が妙見菩薩として祀られている箇所に移るのだが、なんでも母に逢いにきた良源さんを、母の乳を吸いにきたのだ、という地元の人たちの悪口が元で、乳野という地名になったそうだ。小説には載っていない余談だが、横川の行院では、飯を食う時には音をいっさい立ててはいけないらしい。しかし、食器が全てプラスチック製でカチカチと音が鳴りやすく、あれはトラップだと修行していたお坊さんが言っていた。


さて、話題を元に戻すと、月子姫が妙見さんとして祀られている処で、私は爬虫類人種と元三大師とのつながりを見るのである。なぜなら、妙見菩薩は龍に乗っているからである。さらに言えば、父は木津…コズ、と読む。牛頭との関連が連想される。


良源は角のある夜叉に変化したというが、おそらくこれは単にシェイプシフトして本来の姿になっただけである。つまり、美男子と伝えられている僧侶の姿が本体ではなく、本体、異形なので、それが爬虫類人種特有の能力により隠れていただけと思われる。良源さんが元来、異相であることは、彼の幼少期、まだ日吉丸(観音丸とも言われていた)であった頃の伝承にも詳しい。


慈慧大僧正傅には

「生レナガラニシテ神霊、室ニ異相多シ」

と記されており、越前守貞行が田で遊ぶ日吉丸の頭に蓮華に似た天蓋が付いているのを見て父の元に送り、汝が子は霊童なり、軽んずるべからず、比叡山に上がらせてよい師に付かせよ、と誡めたらしい。


この越前守貞行の言葉が原因で、日吉丸は12歳の夏に叡山に上がり、西塔宝幢院の日燈上人の房の理仙阿闍梨に仕えることになった。


ここで日吉丸の頭の天蓋について言及したい。「頂キニ天蓋アリ、形蓮華ニ似タリ」とあるのだが、天蓋とは仏像や住職が座っている上に翳される笠状の仏具のことで、もとはインドの貴人(貴族)の日傘のことである。虚無僧がかぶる、深編み笠も天蓋と呼ぶが、子供の頭頂にあるので、傘状の何かと推測する方が平仄が合う。傘状の何か、とすればトリケラトプスの襟飾りが連想されるのである。牛頭天王の章でも述べたが、天皇家はオルニソスケリダの系統なので、「有角の者」はトリケラ龍族の遺伝子を受け継いでいる可能性が高いのだ。トリケラトプスの襟飾りを見てほしい。蓮華にとても似ているではないか?信じられないと思うかもしれないが、シェイプシフターという爬虫類人種特有の能力を考慮すれば、人間に溶け込むのはわけない。あたかも、カメレオンのようにである。


この「シェイプシフト」をブッダたちの中に見てみるに、良源の言い伝えの他に、周梨槃特が修行により「形態の解脱」に達したと言われている。仏教用語で「ルーパ(色)の解脱」と呼ばれているが、周梨槃特は阿羅漢果を得て、神通力を得て形体を化かすなど種々示現できるようになったといわれる。が、ここでは良源のケースを見てみたい。


良源は美僧だったという言い伝えがあり、これもまた、天皇のご落胤としての暗喩なのかもしれない。なので、宮中の多くの女官にたいそうつきまとわれたと言われる。ある時、良源は宮中で変化の術を披露すると言って、女官を集めた。首楞厳三昧に入って角のある巨大な鬼の姿になったという。女官たちは恐れをなし、以後は良源をつきまとわなくなったと言う。


首楞厳三昧とは、色欲を滅する三昧のことである。首楞厳経の陀羅尼にある阿難尊者の説話から来ている。阿難は釈尊の十大弟子のひとりだが、美男子で有名だった。マタンギ族の娘に惚れられた阿難が妖術師である娘の母親に呪われ、あやうく虜になるところを、釈尊が仏頂から大光明を放ち、阿難を助けたという。首楞厳陀羅尼は白傘蓋仏頂の真言と言われており、「白い傘」を広げ、衆生を悪魔や災難から守ってくれるという。仏頂は仏の頭のてっぺんにある肉の盛り上がりである。肉髻とも言うが、なんと首楞厳経においては「白い傘」のようになるというのである。


先の「乳野物語」における日吉丸の天蓋は、白傘蓋仏頂のことである。「白い傘」、まるでトリケラトプスの襟飾りのようではないか?ところで、色欲を滅する三昧というが、良源が爬虫類人種ならば、そもそも哺乳類のメスに欲情するわけもない、とも思えるのだが、どうだろうか?思うに、仏教の戒律における禁欲は、哺乳類ホモ・サピエンスとしての人間型ゲシュタルトをこそげ落とすためにあるのではなかろうか。こそげ落としたところに爬虫類人種の性質が浮き彫りにされるのだ。そもそも佛とは、「人間ではないもの」という意味があるのだから。「佛」という字は「人」+「弗」の形成文字である。この「弗」は、「勿」「忽」「没」「非」などと同系の言葉であり、否定を意味する。右側の「人」を左側の「弗」が否定すると・・「人間ではないもの」となるのだ。