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天皇の隔世遺伝的復活

天皇は爬虫類人種である。それも、始祖鳥、トロオドン、ディノニクスに近い種のものだ。


日本の天皇はご龍体などと表現されている。これは、黄帝のころからの中国皇帝の表現を真似ただけのものではない。当の中国の皇帝は哺乳類である現世人類の覇権争いのために、血統は散り散りになってしまった。しかし、日本の皇室やイギリス王室などにはそのまま龍の血統が残っているのである。


『先代旧事本紀』は日本の史書であり、神道における神典である。『旧事紀』(くじき)、『旧事本紀』(くじほんぎ)ともいう。全10巻からなり、天地開闢から推古天皇までの歴史が記述されている。



著者は不明だが、物部氏に関わる事柄を多く記載しているために物部氏の人物であるとい序文には、推古28年(620年)に推古天皇の命によって聖徳太子と蘇我馬子が著し推古30年(622年)完成したものとある。


時に小治田豊浦宮に御宇し豊御食炊屋姫天皇即位し二十八年歳次庚辰春三月の甲午朔戊戌に、摂政めたまふ上宮厩戸豊聡耳聖徳太子尊命す。大臣蘇我馬子宿祢等、勅を奉りて撰び定む……時に、三十年歳次壬午春二月の朔巳丑是なり


さて、この序文があやしいとされて江戸時代の国学者からは偽書扱いされた。しかし、大嘗祭での祝詞と同じものが記されているために、偽書ではないとする学者も多い。

この『先代旧事本紀』の類本に『先代旧事本紀大成経』なる書があり、これもまた詳細な内容にしては偽書扱いされている。しかし、特筆すべき点がある。


そこでは天皇の身体的特徴をこと細かに描写しているのだ。



・神武天皇(初代)


背の高さは約3メートル15センチ、胴回りは、両手を伸ばして一抱えした長さに15センチほど足した長さ。頭には9センチほどの角が二本あり、それはまるで雪のような色をしています。背中には龍のような背ビレがあり、その長さは1メートル20センチ、尾の裏側には大きな鱗が72枚ある。105歳のときに皇太子の位に就いた。


・綏靖天皇(2代)


身長は3メートル、目は黄色に光り、まるで水星のような輝きを放っている。背中に鱗があり、怒るときにはそれが逆立つ。その武術は人に勝るので臣下は軽々しくモノを言えなかった。


・孝霊天皇(7代)


生まれながらの御容姿は、他の方とは大きく異なり、お顔が長く龍のようだが、決して醜くはない。その耳の後ろに白い鱗がある。胸にも9枚の鱗があり、その9つの隙間から氣を放っている。俊敏で、どんな遠いところにも行くことができた。


・崇神天皇(10代)


背の高さは1メートル90センチ、額に10センチほどの青い角が一本ある。下の顎の歯は短く丸く、下は長く鼻にまで届いた。


・垂仁天皇(11代)


背の高さは1メートル80センチ、髪は右曲がりに頭を9周するように生え、頭頂部で輪のように巻いてとどまっていた。両脇の下には金と緑の羽を持ち、肘にも同じような羽が根ざしていた。


・神功天皇(14代)


御容姿は非常にたおやかで美しく、その目には二つの瞳(瞳孔)を持っていた。乳に9つの穴があり、力は強く建物の柱を揺るがすほどだった。


・応神天皇(15代)


背の高さは2メートル90センチ、肘には弓を射るときの「鞆(とも)」いう丸い当て皮のような形があった。顔の真ん中の角は天に向かってまるで弓に矢を番えたかのよう。胸には72本の青い毛が牛の尾のように生えていた。その長さは馬の尻尾ほどで、とても強く根ざしていたので最後まで抜け落ちることはなかった。


・仁徳天皇(16代)


御壮年のころで、背の高さは1メートル90センチほど、目には青と黄色の光があり、耳は眉毛の上ぐらいの位置から口の下にまで垂れ下がり、足の指は長く、まるで手の指のようだった。


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垂仁天皇(11代)は両脇の下の金と緑の羽を持ち、肘にも同じような羽が根ざしていたが、トロオドンやディノニクスも同じように脇から肘にかけての翼を生やしている。応神天皇(15代)肘には弓を射るときの「鞆(とも)」いう丸い当て皮のような形が生まれつき身体にあった。孝霊天皇(7代)は俊敏で、どんな遠いところにも行くことができた。これなども、トロオドンやディノニクスなどの小型羽毛恐竜の身体的特徴が発現している。おそらく、これは我が国の天皇家における、爬虫類人種の隔世遺伝的復活の例であろう。皇族など特殊な血脈の人は遺伝子の爬虫類的部分が発現しやすいのだ。画像は脇から肘までの羽根の特徴を捉えたトロオドンの画像。