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本門の戒壇と霊界の統一

先日に言った本について解説しようと思う。


「本門の戒壇と霊界の統一」という本である。著書は鷲谷日顕。法華行者による霊界の実相?を説いている。この鷲谷日顕(あの日顕ではない)は、最初は祈祷などを迷信としてけなしていたという。42歳までは海産物問屋や土木請負業などを生業とする。43歳で法華経に帰依、信解品に書かれている長者窮子の如き了解を得て、霊能に覚醒。三人の女性霊媒とともに、霊界の実相を記録し始める。聖徳太子や平清盛、日蓮聖人、親鸞、豊臣秀吉、徳川家康、乃木大将など日本人の因縁だけではない。


支那、インド、ペルシア、バビロニア、イスラエルまで霊界を総ナメにしている。霊界の統一とはよく言ったもので、この鷲谷日顕はそれぞれの国の神を降ろし、法華経に帰依させているという、かなり突飛な内容となっている。


中国だけでも殷の紂王、妲己、始皇帝、なんと腹痛を催す項羽の霊、漢の高祖、唐の玄宗など。ヨーロッパだとルター、ジャンヌダルク、リンカーン。ユダヤ因縁についてだとさらに面白く、エホバとヤーヴェが実は二神あり、常に争っている、ヤーヴェは実は白亜紀からいる爬虫類人種で、死後に転生せずに神修行して神になった大龍神だとか。対してエホバは緊那羅出身の神で、翼ある人の姿をした厳しい神と書いてある。ちなみにアッラーは龍神のほうらしい。キリストの霊まで降ろしているが、キリストの霊は手足の釘の傷跡が痛い痛い、と言ったと書いてある。キンナラ勢力が擁立したキリストを磔刑にしたのは龍神の仕業。


どちらにせよ、鷲谷日顕は全ての霊を霊山浄土に送っているようだ。しかも、それぞれ一族配下含めて数千数万の単位である。


有翼種と龍種の対立は鷲谷日顕のヴィジョンではよく見られる。まるで、エンジェルとサタンの対立のようだ。日顕説だと、有翼種はキンナラ(緊那羅)または迦楼羅とされ、有翼種は彼らの主人であるヴィシュヌ神の乗り物である。迦楼羅はナーガ(蛇-龍)と対立関係にある。有翼種と龍種の対立だが、鷲谷日顕の鷲は奇妙な符号である。


日本の起源の神話でも、この二種の対立あり。


元々、白亜紀に東亜細亜日本地域において土着の先住民であった龍種、すなわち爬虫類レプティリアンの王である天之御中主神がいた。しかし、3000年前、紀元前1000年前ほどにインドから有翼神キンナラ族が飛来して、この種族が日本の地域に生息する。キンナラの王を国常立尊という。レプティリアン天之御中主神が国常立尊の子供に転生する。産まれた天照大神は力が強すぎた。おそるべき力によって、すぐに彼らの王になった。これを恐れたキンナラ族は、古代インドヴェーダ時代から崇拝していた、彼らの主人であるヴィシュヌ神に助けを求めると、かの神は天照大神の弟の素盞嗚尊に力を注ぎ、素盞嗚尊は出雲神道を起こし天照大神と対立する。


このようなヴィジョンが展開する。


日本の仏教ではヴィシュヌ神は毘紐天として知られ、13世紀に日蓮聖人のまとめた文献などに登場する。音写語としては、「毘紐天」、「韋紐天」、「微瑟紐」、「毘瑟怒」などがある。


以下は、日蓮聖人「開目抄」よりヴィシュヌについての抜粋。シヴァ(摩醯首羅天)とヴィシュヌ(毘紐天)について。


『二には月氏の外道・三目八臂の摩醯首羅天・毘紐天・此の二天をば一切衆生の慈父・悲母・又天尊・主君と号す、迦毘羅・う楼僧ぎゃ・勒娑婆・此の三人をば三仙となづく、此等は仏前八百年・已前已後の仙人なり、此の三仙の所説を四韋陀と号す六万蔵あり、乃至・仏・出世に当つて六師外道・此の外経を習伝して五天竺の王の師となる支流・九十五六等にもなれり、一一に流流多くして我慢の幢・高きこと非想天にもすぎ執心の心の堅きこと金石にも超えたり、其の見の深きこと巧みなるさま儒家には・にるべくもなし、或は過去・二生・三生・乃至七生・八万劫を照見し又兼て未来・八万劫をしる、其の所説の法門の極理・或は因中有果・或は因中無果・或は因中亦有果・亦無果等云云、此れ外道の極理なり所謂善き外道は五戒・十善戒等を持つて有漏の禅定を修し上・色・無色をきわめ上界を涅槃と立て屈歩虫のごとく・せめのぼれども非想天より返つて三悪道に堕つ一人として天に留るものなし而れども天を極むる者は永くかへらずと・をもえり、各各・自師の義をうけて堅く執するゆへに或は冬寒に一日に三度・恒河に浴し或は髪をぬき或は巌に身をなげ或は身を火にあぶり或は五処をやく或は裸形或は馬を多く殺せば福をう或は草木をやき或は一切の木を礼す、此等の邪義其の数をしらず師を恭敬する事・諸天の帝釈をうやまい諸臣の皇帝を拝するがごとし、しかれども外道の法・九十五種・善悪につけて一人も生死をはなれず善師につかへては二生・三生等に悪道に堕ち悪師につかへては順次生に悪道に堕つ、外道の所詮は内道に入る即最要なり或外道云く「千年已後・仏出世す」等云云、或外道云く「百年已後・仏出世す」等云云、大涅槃経に云く「一切世間の外道の経書は皆是れ仏説にして外道の説に非ず」等云云、法華経に云く「衆に三毒有りと示し又邪見の相を現ず我が弟子是くの如く方便して衆生を度す」等云云。』


法華経序品より


有四緊那羅王。法緊那羅王。妙法緊那羅王。大法緊那羅王。持法緊那羅王。各与若干。百千眷属倶。

四緊那羅王あり。
法緊那羅王(ほうきんならおう)
妙法緊那羅王(みょうほうきんならおう)
大法緊那羅王(だいほうきんならおう)
持法緊那羅王(じほうきんならおう)
なり。各若干百千の眷属と倶なり。


画像はタイの寺院に見られるキンナラ像。