· 

●●には魂がない

「●●には魂がない」という表現たまに聞きますが…これは「去るものが去る」といったような奇妙な表現です。パンツを二回履くような表現です。靴の上に靴を履くような表現です。

もはや●●と指定されている以上、●●は●●であります。「●●には魂がない」というよりかは、「●●は存在しない」「●●は虚構である」ということかと思われます。

ところが、●●は実は存在しない、●●は実は虚構である、という表現は、●●という前提を必要とします。

「●●は虚構である」または「虚構であるものは●●である」となります。虚構であるためには、前提としての●●=虚構であったものの提示が必要です。「虚構である」といっただけでは、何が虚構であるかわかりません。述語には主語が必要です。

●●は虚構であり、虚構であるものは●●である。

虚構である、これを仏教的に言うと、空である、と言われます。空は単独では言われえず、セットになる実体とされていたものを必要とします。

色不異空 空不異色

形態は虚構と異ならず、虚構とされるものは形態と異ならない。

例えば、犬や猫の形態は虚構と異ならない。この場合言われている犬や猫は、構想された概念的な犬や猫です。前後裁断されてます。概念知により分別され、確定された犬や猫です。

色不異空

観察者にとって概念的犬猫には形態は含まれません。観察者にとって、概念的犬猫の形態は虚構(空)と異ならないとされます。


概念的な薪は前後裁断されており、形態どころか、因果を伴っておりません。木から造られていないわけです。燃えて炭のようにもなりません。薪は徹頭徹尾、薪という意味を持ちます。


空不異色

(観察者にとって)

形態に対しての意味が虚構の場合を言っています。概念的意味を剥奪された形態。犬や猫の形態だけが残り、意味はわかりません。それが何だかわからないわけですが、形は認識できます。何だかわからないものがワンワン、ニャーニャー音を立てています。


例えば薪から薪という意味概念を抜きます。すると、木製の棒状の物体の形態が残ります。意味概念を抜いた(空)ので存在理由もわかりません。が、そこにそれは突如してあるわけです。こちらでも因果は断たれます。