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薪とヨーグルト

いよいよ、米朝が会談します。予めイラン核合意を破棄してイスラエルとの仲を見せつけるアメリカは、そのような核合意はいつでも破れるのだ、と牽制しております。あの金正恩は影武者で、本物はすでに軍部に消されているという噂があります。なんでも、耳の形が違うそうです。

 

そんな世界情勢の中、般若心経の分析を少し。道元禅師による「前後裁断せり」の意味から徒然なるままに書き連ねてみました・・。

 

色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識亦復如是 舍利子 是諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減 是故空中 無色無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法 無眼界 乃至無意識界・・

 

語によって想起された薪は、前後裁断されている。燃えて炭にならず、木から加工されているとも言えない。薪は語に対応し意識に写し出される。ヨーグルトについても、語によって想起された ヨーグルトはミルクからできておらず、食べて減ることもない。イデア的なモノだからである。イデア(本質)的ものが実際にないことはアポーハ論を参照。存在は他の存在の意味排除により成り立つ、という説だ。存在そのものに実体はなく、その差異により成り立つ、というデリダの哲学に似ていなくもない。イデア=本質が在るかどうかは言及されない。

 

これらの語に対応するモノたちは確定作用の在る概念知により確定されている。知覚により何者かは確定はされない。

 

これら前後裁断されたモノは虚構なので、実際には生まれておらず、生まれてないので滅することもない。実際に在るわけないモノに垢はつかず浄くもない、増えず、減らない。

 

これら前後裁断されたモノ、イデア的なモノは眼耳鼻舌身・・の五感を因としていない。語によって想起されているモノのあくまでも例題的情報として実際の五感による記憶が列挙される。五感は無となる。しかし、イデア的な法(存在)は意により構成されていないのだろうか?意によって構成された、語により想起された法(存在)も実は無い。食べて無くならないヨーグルトのようなものだからだ。有るという心の動きも、実は無いという心の動きも意による概念を形作る心の動きである。たどり着いた無も概念知により構成された概念であった(ニセの無)。また、スイッチのオンオフのように有無を決め確定するのも意なのである。これら意によって構成された存在、非存在、共に虚構である。構成されたモノが虚構ならば、構成する意は存在することになるのだろうか?