私と認識されない

龍樹の説を応用してみました。命題は、


私と認識される


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私と認識される


は 


私/と認識される


つまり


①私

②と認識される


に仮に分割される。

〈私〉と〈認識される〉は見てのとおり違う。


しかし、「私」だけで認識されない場合(行為のすっぽ抜けた主体)は、「私」は認識されないので成立しない。また、「認識される」だけでは主体がすっぽ抜けていて成立しない。①と②どちらが先でも成り立たない。また、①と②両方同時に、というのも成り立たない。なぜなら、両方同時に成立するには、これらは分割されてなお独立した二つのものとされてなければならない。しかし、独立は不可能である。


従って、私と認識される…は成り立たない


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龍樹は、サンスカーラ(形成力)の構築の成り立たないことを、サンスカーラの隙を突いて言っている。不一不異。

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コメント: 2
  • #1

    EBI (土曜日, 25 2月 2017 00:57)

    〈世界〉が〈認識される〉

    に当てはめてもおもしろい。

  • #2

    EBI (土曜日, 25 2月 2017 09:01)

    (私が)私と認識された

    の意味。主体と客体が同じな場合である。