先祖霊と耳無し芳一

ふと、聞く耳がないなら取ってしましましょうかという〈耳無し芳一〉脅しめいた声を聞く時がある。このことはブログの4/15『熊本大震災』にも書いた。数年前に実際、突発性難聴になったことがあるので、コイツのせいだと思ってしまう。ちなみにこの難聴は左耳であり、2008年から始まり、数ヶ月後に治った。

彼ないし彼女ー中性的な声は、死者の声や仏の声を聞く道を歩んでいるらしい。声優のように数種類の声色を使って対抗していたら「邪道です」とか、いつ迄いるんですか?と聞けば「聞けるようになるまでです」と断定した言い方が特徴。声を〈聞く〉ことを至上の価値を置いているので〈声聞〉なのか。声聞界からなぜ〈耳無し芳一〉されるのかわからない。他にも…多聞天、聖徳太子、菊理姫、ムルムルと〈聞く〉に特化した諸仏諸天諸魔はいる。

また、導くということを考えていたら、同じ声で「先祖霊にお会いしました、いろいろ人を試してくるのですがどうしたらよいでしょうか?」と、試してくる。ほとんどトートロジーである。

冷たく白い霧のようなヒンヤリ感もまた特徴である。

先祖霊なんてのは古くに録音されたテープなわけだ。そんなのが出てきて今の世界について具体的なことは言わないし、お互いに喋れるのが変だ。どちらかと言えば、先祖が生きていたころと時空間が地続きになったと考える(長者窮子)。先祖からすればこちらは未来人に見えているはずだ。

声聞〉への解答はこうである。

固有の先祖霊の人格、我が死んだ後も存在しており、我々と話したりするという考えが無明である。さらに過去の先祖霊なるものがいろいろ試してくるなら、(サンスカーラ、残存力)が残っており、子孫への試みをするということは判断材料の記憶があり、記憶照合システムなどのもまた残っているということだろう。「おお、子孫じゃ、どこらへんまでわかっとるのかのう」みたいな。それどころか子孫の形()を認識して言葉()を使い、肉の感覚器官-六処もないくせに聞いたり喋ったりする、おかしい。お互いに話せるとなれば即受があり、その話しにより思うところあれば愛取を生じ、の原因となり、成仏せず、またまれいてぬ…輪廻するわけだ。先祖霊と喧嘩しても何か楽しく話しあっても成仏の妨げなわけで。そもそも遺伝と転生はあまり関係がない。