衣裏繋珠の謎


地震もまだないので遺言代わりに、いろいろ今まで発表できなかった説をば。幸いにも仏教関係の人が最近は多く見てくださっているので、法華経についてのトンデモな蛇原説を説きたいと思います。しかし、今までは至らない者がしたり顔、知ったかぶりで説くと地獄に堕ちるというので、言わなかったわけです。しかし、人の意見と照らし合わせなければなにぶん正しい真実かわからないわけで、まずは正しくないかもしれないが、こうじゃないか?と蛇原が思った説をUPします。やはりレプタリアンと関係ありがちです。それ違うという意見は出そうなのですが逆にコメントを期待しております。
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衣裏繋珠(えりけいじゅ、五百弟子受記品第八)
ある貧乏な男が金持ちの親友の家で酒に酔い眠ってしまった。親友は遠方の急な知らせから外出することになり、眠っている男を起こそうとしたが起きなかった。そこで彼の衣服の裏に高価で貴重な宝珠を縫い込んで出かけた。男はそれとは知らずに起き上がると、友人がいないことから、また元の貧乏な生活に戻り他国を流浪し、少しの収入で満足していた。時を経て再び親友と出会うと、親友から宝珠のことを聞かされ、はじめてそれに気づいた男は、ようやく宝珠を得ることができた。この物語の金持ちである親友とは仏で、貧乏な男は声聞であり、二乗の教えで悟ったと満足している声聞が、再び仏に見え、宝珠である真実一乗の教えをはじめて知ったことを表している。

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衣裏と聞きまして、衣の裏側か、それとも襟(エリ)の部分なのかと思い悩みました。ある時、ナーガ(龍)が思い浮かびました。ナーガといえばインドのコブラがモデルの神格ですが。日本や西洋の蛇と違いまして、いわゆるエリにあたる部分があるなぁ、と。つまり、この気づかなかった友人はナーガ(龍)なのかもしれない、と思ったわけであります。画像でコブラ(ナーガ)のエリを確認してみてください。右の日本の白蛇にはエリがありません。

すると、提婆達多品の八歳のあの龍女へのストーリーが成立するわけで。龍女の宝珠はどこから来たのか?その由来から、龍女の宝珠の返還に結びつくなぁ、と思ったわけです。1200人の阿羅漢は提婆達多品第十二への暗号。五百弟子受記品第八とのことで、八は第八を表すということと、八大龍王を表すとも考えられますが。もう一つ八百歳、八百年と考えますと、釈迦入滅の紀元前五百年から鳩摩羅什の登場の紀元三百年、つまり中国への仏教伝来が釈迦入滅から八百年ということを予言しているのではないか?と。また、大乗八宗の祖、ナーガルジュナ(龍樹)も紀元250年の人とも言われてますので、釈迦入滅から八百年弱の人とも言えますので、八歳龍女はナーガルジュナ(龍樹)生誕予言ととれなくもないです。大乗宗の祖ですし。

ちなみに五百弟子ということで五に注目して法華経の第五を見ますと、法華経薬草喩品です。ここでもナーガ(蛇、龍)が関係してきます、ナーガ(蛇)の舌が2つに分かれたのはインドラとガルーダに騙されて、クシャの葉(カエデ)に落ちた不死の甘露〈アムリタ〉を舐めようとして舌が切れてしまったと、インド神話にはあります。ひょっとしたらその為に季節のカエデは赤く染まるとか…薬草喩品の仏の草木にもたらす雨をアムリタとするとクシャの葉の話しが法華経を説く釈尊には念頭にあったのか…クシャの葉が気になります、鳩摩羅什はクシャ(亀茲)の出身です。発音が似てるだけでしょうか?薬草喩品では釈尊の聞き手は迦葉です、迦楼羅の葉とも読めます。ナーガとの関連は、法華経の第五、第八、第十二と一貫してます。

しかし、舌が切れて2つに分かれるまで舐めても不死の甘露は得られず、友人(仏)が戻るまで〈珠〉の価値に気づかない。何か法華経からナーガへキビシイ感情を感じるのは気のせいでしょうか?ナーガはインド仏教やヒンドゥーの暗喩とも読めますし、ナーガの蛇舌が2つに分かれたのは、仏教は小乗と大乗に分かれたとも読めます。

五百弟子受記品は、二乗作仏を説かれていると言いますが。おそらくナーガ=コブラということで声聞、縁覚というインド仏教というか…いわゆるインドという国そのものを、象徴している気がします。仏法の価値に気づかない友人=インドというわけです。変な話、妙な感情をインド宗教に抱いているような気すらします。

追記:本日も日経平均株価は16644.69円。TOPIXは1338.38円。666 333 とゾロ目です。エクアドルでM6.7の地震が起きました。気をつけましょう。

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コメント: 5
  • #1

    EBI (金曜日, 20 5月 2016 10:40)

    存在がジャマとかいう白いフードつきローブ。
    従属がお好きな何か白いの。

  • #2

    EBI (金曜日, 20 5月 2016 10:47)

    ストライプつきの金目のadidas白蛇が
    人を虜にしようと思ったら邪魔されたとか

  • #3

    OHBA (金曜日, 03 6月 2016 15:50)

    シンクロと言いますか、虚空蔵といいますか、そうした切り口によって、それが素晴らしい経典なのか自体を感じ取る場合があるのでは無いかと思いました。

    たとえば、人格の完成した方に接したとします。話している内容は理解できないとしても、共に過ごした中で自分の価値観で判別してしまっているのに、それでもいまだかつてなく素晴らしかったと感想を持ったとします。

    でも、実のところ、自分の価値観でしか認識できていないので、実は誤解の部分もあって、真実の素晴らしさを見損なってしまっている(気づきようが無い)のが現状では無いでしょうか。

    自分の服に縫いつけられた宝珠を発見した時は、宝珠に少し気づいたとか無いと思います。宝珠の有無がハッキリしていると思います。そのように経典の価値をハッキリと認識できるようになりたいものです。

  • #4

    EBI (金曜日, 03 6月 2016 17:53)

    気づきにくいというか、わからないので研究してますw
    わかったら言わなくなるかな?…

    ウィキペディアで声聞の項を偶然見たところ、経典、自然物、子どものお喋りにまで仏のシンクロを聞く、みたいなことが書いてありました。

    アカシック・レコード(虚空蔵)に関しては、空間性や時間性というものがじつは無いのではないかと思えたときに、全時空がテープレコーダーのように、じつは録音と再生の反復で成り立っていて、空間性時間性個体性の関係なくなった意識が再生しているのかな、と。この再生が強力な幻力を持ち生きてると感違いするとか…

    ちょうど3月の終わりにアカシックレコードでは解決されない問題にブッダは対応しているとか、ドラゴン和尚がおっしゃってました。先回りかな…とも思えました。

  • #5

    EBI (金曜日, 03 6月 2016 18:28)

    それにしても、先月から北海道の自衛隊が騒がしいです。実弾での撃ち合い演習から、不明男児が神隠しで自力で自衛隊演習場小屋にたどり着いたとか。いったい何のシンクロでしょうか?