熊本地震の舞台裏

今回の地震の舞台裏についての仮説。今回の地震では主役になる県が3つあります。それが熊本県、岡山県、それと千葉県です。


昭和が終わり始めたころから、日本では…ある種の力…ワンネス、神通力、超能力に目覚めた人たちが出てき始めていて…日本に覚醒した人、ブッダ、仙人、能力者が何人か出始めているようです。

その中で、私は悟ったブッダ、如来である、と自ら言う人が出てきて、その人が熊本県在住のようです。しかし、それを聞いた千葉県在住の某能力者(キリスト教なのに仙道やってる謎の人)がいまして、そいつがブッダであるものか、と、なぜかキレてました。つまり、こういう仮説が成り立ちます、千葉のイエス・キリスト系仙人熊本如来に甚だ疑念を抱き怒り、シッディ(神通力)による攻撃を仕掛けた、と。阪神大震災クラスの地震が2発も起きたのに、死者が50人程度と少ないのも、基本的に験比べ、超能力戦だからと推測できます。つまり、死者がなるべく出ないように両者の力が使われていた、とも考えられる。

なぜ、私がそんなことを言うのか?と言うと、今は連絡とれませんが、たまに話す仲だった、その千葉県在住のユダヤ唯一神仙術イエスからメールが送られてきて、「如来は殺せる」と書いてありまして、ゲゲゲとか思いました。「本気か?」と思いましたが、それが5〜6年前…東北の地震の少し前です。それに呼応するかのように、熊本如来も「如来は天災や人災では殺されない」と何かの媒体で言っていたので、両者は阿頼耶識の次元で睨み合っていたのかな、と。そもそも仙道やら東洋医学やら気功をやっていても、基本はユダヤ系信仰を保っていた場合、ユダヤ系天界の走狗であります…唯一神が異教の君を地獄の火の中に投げ込むものである、とか。ユダヤにとって将来、脅威になりそうな異教は狩られる、攻撃されるのかな、と。〈熊本の如来〉はそれで狙われたのかもしれない。

しかし、仙術の下準備に5年かかったのか、地脈の龍を起こしたのか、謎ですが、ピンポイントで熊本に地震が起きました。奴が為しえたとしたら…仙人に非ず魔人、魔仙かと思います。某ルートで伝わってきました情報では〈熊本の如来〉は地震時に倒れてくるタンスを直感でよけて無事なようです。私が予想するのは、熊本地震の真犯人が千葉の唯一神仙術イエスだとしたら、因果応報…因果律の法則により、全く同程度の地震が千葉県に起こるのではないか?

また、岡山県と言ったのは、岡山県に両者を中和するような力が集まっているポイントがある、とのみ申しておきましょう。それは、グルジェフでいう性センターに近いです。むろん、岡山県でのポイントに激震が走れば、四国も連動してしまいます。それと、因果が遡れば、東海…愛知県は名古屋付近も連動するかもしれません。私の予想通り、高知沖と千葉県東部ではM4の前震が何回か起きてます。

仙術イエスで思い出しましたが、今回の地震は漫画「ナルト」のシンクロが不気味です。九尾の災い「火の国」熊本で起きます。主人公の渦巻きナルト、つまり瀬戸内海の鳴門海峡の渦巻きです。木の葉隠れの里、葉が隠れている地名、つまり千葉です。奇しくも、初代火影は手柱間です。3代目火影、即ちナルトの父は波風ミナト…つまり、津波でミナトが危ない、ということ。砂の国の我愛羅は、愛の字のタトゥーがありますが、愛知県を示唆しているのかも。つまり、熊本、瀬戸内海、愛知、千葉が地震の災いを受けるであろう、ということ。コレも無限月読マトリックスへの布石なのか…。2016.4.23は足して18なので注意しましょう。

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コメント: 6
  • #1

    SRKWブッダ (金曜日, 06 5月 2016 23:00)

    如来が験比べをするということはありません。私が箪笥の下敷きにならずに済んだのも、16日の深夜は割合に早く寝床についた(寝室に移動していた)というだけのことに過ぎません。もし、箪笥の下敷きになっていたならば、ブッダであってもそのようなことがあるのだと言うことになるでしょう。ただし、もちろん、私が不慮の死を遂げるということは無いと──理由は明確には説明できませんが──漠然と考えていることは本当です。

    天変地異に対応することよりも、先ず速やかに覚る(=解脱する)ことの方が大事なことだと思います。こころある人は、自ら修行を為し、完成させて、一切の苦悩を滅すべきです。

    ***

  • #2

    EBI (土曜日, 07 5月 2016 14:19)

    これはSRKWブッダさん!ホンモノですか?ご無事で何よりです。お噂はかねがねOHBA氏から聞き及んでおります。OHBA氏が久しぶりに再び熊本へ如来に会いに行きたい、と言っていた矢先の地震でした。彼も心配しておりました。なかなか終わらない今回の地震ですが(M4レベルが毎日数回)、ツイッターのほうを拝見しまして、如来のお膝元でこれだけの天災はおかしい、とありました。私もおかしいと感じました。むしろ如来の悟りとつながった現象なのでは?パーピーヤスなりユダヤ神なりに熊本がピンポイントで狙われているのでは?と思ったわけです。そこでお聞きしたいのですが、魔王パーピーヤスの攻撃(天災)が、今行われているという可能性はありますか?SRKWブッダさんの説を伝聞で聴いたのはスジャータの何かしらが原因で悟ったとか。しかし、ゴーダマ・ブッダの伝記を読むと、スジャータの乳粥で体力の回復の後、魔王との戦いがあり、その後に、降魔成道、涅槃に達した、とあります。SRKWブッダ説ですと、スジャータの後、魔王との戦いと降魔成道について言及されているのを見たことありません。じつは、SRKWブッダ氏がそこをすっ飛ばしてしまったため、魔王パーピーヤスがあきらめてない、今地震で攻撃してる、ということはありますか?

  • #3

    SRKWブッダ (土曜日, 07 5月 2016 15:19)

    悪魔の本当の正体は不明である。しかしながら、少なくとも言えることは、悪魔は別に如来や〈道の人〉と対立する存在では無く、人々(衆生)の覚りを妨害する存在でも無く、戦いを挑んでくることも無く、ただ自分が作った世界に人々(衆生)が留まって欲しいと望んでいる存在であると認められ得る。要するに、悪魔はニルヴァーナに似たものをこしらえて、それをしあわせの境地だと見せかけ、人々(衆生)をその中に遊ばせようとする子供のような存在に対応している。この意味において、悪魔が作った世界(=この世)は虚妄なるものなのである。

    その一方で、ニルヴァーナは虚妄ならざるものであり、苦の滅であり、最上の楽しみであると知られる。こころある人は、真の楽しみを望み、目指すべきである。

    ***

  • #4

    EBI (土曜日, 07 5月 2016 22:05)

    震災でお疲れの中、ご丁寧なご返答、ありがとうございます。
    自分の作った世界に衆生にとどまってほしい?なるほど、化楽天は自ら環境を創り出す、と言いますね。

    私は、ブッダの道を辿ることにより解脱できる、と思いまして、空無辺処から識無辺処、無所有処、非想非非想処まで体験しようと思いまして…

    空無辺処はとくに眼識に依っていると思うのですが(空間的認識のため、例えば無辺の味覚や嗅覚は考え難い)、一切色想の縁起が始まる前に止め、有対想が消滅することにより生ずる虚空は、むしろ盲人の見る闇に似たものなのでしょうか?もちろん、音声の聞こえる方向や、身識の即受によっても空間的認識はできます。しかし、六境が六処により把握される限りは、対象を把握する心が動いてしまうので、むしろ六処十八界の解脱と言いますか、真っ暗なフローティングタンクで音声を遮断した…つまり全ての感覚を遮断したヘレン・ケラーのような状態ですと、空無辺処の虚空に近い状態と思ったのですが、正しいでしょうか?

    昔、お椀が目の前にありまして、お椀を把握しようとする認識の心が、お椀の中の凹み空間部分から外のつながった広い空間(たまたま青空の見える窓を開けていた)と同じに思えまして、寧ろその空間=椀を把握する認識のほうがより常住に近い有と思えましたのは、壊れやすい陶器のお椀を壊せばお椀としては消滅すると思えましたので。凹み空の部分と器の部分の認識が逆転したのであります。しかし、それ以後、その気づきが忘却されてしまいまして、同じような感覚になりません。数年経ちまして先日、蝶々の影絵の夢を見まして、バックの光(認識)に対して蝶々が対象ないし物質闇に思えまして、感覚がよみがえりました。しかし、それからどんなに無限認識に満ちた無限空間を感想しても無辺になりません。自己の身体感覚記憶と、大地という無辺空間を遮るものが原因なのであります。そこで、むしろ六処は対象を有るものとしまして無辺空間には対応してない、と思えまして、六処感覚の遮断、感覚の無こそが空無辺に近いと推測したのですが、この推測は正しいでしょうか?

    また、空無辺処での禅定はルーパ(色)の解脱をもたらしますか?

    長文ですいません。地震でお疲れの中、答えていただければ幸いです。拝。

  • #5

    SRKWブッダ (土曜日, 07 5月 2016 23:07)

    ニルヴァーナを目指す修行者は、空無辺処にも識無辺処にも無所有処にも非想非非想処にもこだわるべきでは無い。これらへの憧憬を速やかに離れて、真の静けさを目指して邁進すべきである。

    疲れた身体を横たえてゆったりすると心地よい。この先にさらに心地よい境地が存在するような気がする。このようなものが、いわば空無辺処である。しかしながら、その先にはニルヴァーナは存在していない。

    美味に触れて、さらに素晴らしい完成された美食の世界が存在するであろうことを予感する。このようなものが、いわば識無辺処である。しかしながら、その先にはニルヴァーナは存在していない。

    タバコや酒などの嗜好品を味わい、味わいを超えた風味を楽しむ。この先にはさらに素晴らしい嗜好品があるであろうことを予感する。このようなものが、いわば無所有処である。しかしながら、その先にはニルヴァーナは存在していない。ここに落ち込むと、抜け出すことは容易ではない。

    愚かにも麻薬が妙薬であると思い込み、世の最高の快楽を求める。このようなものが、いわば非想非非想処である。しかしながら、その先にはニルヴァーナは存在していない。ここに落ち込むと、抜け出すことは極めて難しい。

    こころある人は、静けさをめざしてゆっくりと精進せよ。魔境に陥る愚を犯してはならない。物を欲しがるように覚り(=解脱)を求めるな。先ず心を矯めて、正しい道を見出せ。修行は、その後で遅くは無い。

    ***

  • #6

    EBI (日曜日, 08 5月 2016 01:29)

    ご返答いただきありがとうございます。

    ここに落ち込むと抜け出すのは難しい…その先にニルヴァーナは存在しない?
    それぞれの詩句が身→疲れた身体、舌→美味、鼻→風味、意→麻薬に対応してますな…
    ニルヴァーナがその先に存在するとしてモノのように欲しがると、その境地に12因縁の愛取を感じ、有の原因つまり輪廻転生の原因になるからですか?四無色はやはり没入しやすくハマりやすい(執着しやすい)のでしょうか。

    ところで、熊本、いや、九州から脱出する計画とかないのですか?
    阿蘇のカルデラ噴火が心配です。