女の一人芝居

   最近、夢か現か…奇妙な女の一人芝居が聞こえてくる。

ねぇ、わたしたちに殺されて終わるかもとか
ねぇ、こいつ殺せるやつ知ってる?とか
こいつ殺して、とか
こいつ潰して、とか
わたしたちの力知らないから、とか
私たちおまえに見えないから、とか
おまえに、もうライフないから

   アフレコのようだ、あたしたち、とか自らがサジェスチョンして、強い集団です、みたいなように見せかけて、実は一人芝居のような気がする。なんせ集団の他メンバーが出てこない。私たちおまえに見えないからは、一人芝居ではないか?という的確な疑問への苦肉の対策だろう。私たちはおまえ見えない、とか言ってるが、今しゃべってるし、会話という縁起が成立し、聞けるじゃないか。十八界には現れてますよね。この匿名性を武器にしているのがアノニマスや、2ちゃんねるの恒心教やVIPPERなどの連中。そういえば醸し出す雰囲気が似てる。

   ねぇ、私たちに殺されて終わるかも、という台詞はこの殺害を示唆する客体(一人芝居女)から来ているようで、殺意のエネルギーは主体に取り憑いて、対象に怒り行為を為そうとする(それにより逆におかしくなる)。

   声を変え、おまえヤバいかも、とか、危険が迫っているとか、知らせたり…おばあちゃんみたいな声が危険が迫っているから今すぐ東京を出なさい、というのもあった。ポストに変なモノ(私のケースでは腐った果物やエロ本)が入れられたり、ドアの隙間に紙が挟まってたりドア横に変なマークの落書きとかあったり、鍵穴にアロンアルファや、自転車が毎晩のように空気抜かれたりとかすると…あいまいな得体のしれない恐怖を相手の内に増幅させることがてきる。

たぶんこれが〈集団ストーカー〉の原理だろう。

   奇妙なことに、犯人は殺して、潰して、と常に依頼している。自分が殺す、とは言わないのである。もしくは、言えないとすると、奴は物質界にはいない(仮本体が別次元にいる)のかも。もしくは物質界ではそんなに強くはない、むしろ弱いのかもしれない…あるいは立場があり自分では殺せない。イゼベルやサロメ(女の子)、ヘロデ(立場がある)の類型なのかもしれない。

   私たちの力知らないから、という傲慢なスケ番グループのような台詞。〈私たち〉に酔っていては有対想になり、自我から集団的自我へと転換されただけだ。三昧は難しい。実際、〈私たちの力〉に酔ってるわけだ。

   私たちおまえに見えないから、とのアノニマス的なアホ女の台詞も、集団ストーカー的に思わせるような客体意識形成を期待した言葉であり…つまり集団への回帰と力に酔っているだけのアホの自演乙。有対想であるので仏道修行者にはマイナス要素しかない、障害である。これは教団に帰属したがる者にもよく見られる(集団の力に酔う)。

   おまえにもうライフへないから、という台詞、ゲーマーなのかなとか思う、ネトゲ?ライフがないならもうライフを奪うこともできないな、とか思う。そもそも、殺す、排除したい、というのは生や有のシステムからの論理であり…死や無のほうからは言えないのである。また、死や無を意味するものが生の街の外から近づくと、生の街は過剰反応…排除や殺害を示唆するものである(殺して、殺せる、などの言葉)。ゾンビやバンパイアや魔女、呪術師やサドゥー、もっと古い時代の阿羅漢なども、生にしがみつく人たちからは疎まれ、石を投げられ、リンチ、あるいは磔にされ殺害された。なぜなら生の街は、死や無を意味するものに耐えられないからである。