食の次元

  少し前、新宿駅前にて、私はタバコを吸いながら缶コーヒーを飲みボーッとしていた。ふと、足元に蟻が忙しそうに這っているのを見て、悪戯心を起こし、唾を垂らした。蟻にとって幸運なことに唾はそれ、1ミリ近くに着弾した。その瞬間、烏の糞が…上空から私の後頭部をかすめ1cm近くに糞が落下、ビチャリという音を立てた(実話)。

  この時、私の心に小さな理解のようなものが生まれ、蟻ー私ー烏(を含んだ世界)の構図が了解された。つまり、ミクロな蟻が私に見られているように、私は、烏を含むマクロ世界に見られている。その理解のとたん、私は烏を含んだ何かしら大きなものに一瞬なった。また、唾を落とされた小さな蟻にも一瞬なった。

  蟻がヴァーマナだとすれば、私がマハーバリで、烏がマハーヴィシュヌである。ヴィシュヌの足がなぜマハーバリの後頭部から来るかと言えば、自分から差し出したようではあるものの、ソレが『意識の完全なる死角』から来るということを表わしている。ソレは見えない、気づかない方角(後頭部や襟の裏)、または気づかない時に来る。

  では、それを食の次元にまで拡大させよう。私は、例えば、野菜やキノコ、魚や牛豚を食っている、先ほどの蟻を食べるようなことである。そうすると、先ほどの烏を含んだ何かしら大きなものに、私も食われていることになるのではあるまいか。

  このことは、ロバート・モンローやEOのルーシュ論、人類は上位次元の餌であるという説の、証明であると思う。これからは昼メシを食べる時には、我昼メシなり…夕飯時には我夕飯なり…と唱えよう。《供養》への理解が進むかもしれない。

  それはそうと、語尾がイの女性からの霊聴に悩まされている…怒鳴りィ、だの、穢しィ、だの…あげくの果てには、おまえのウチを討ち滅ぼしぃ、だのロクなもんじゃない。関西系の女性の霊だろうか?この女は呪いまくっている。