言語テスト

あるテストがある。次の例文を見てください。

 

●殺したい人間は殺しちゃっていいんじゃないの?

 

これをどう、捉えるか・・

 

①殺したい人間(心底ムカついた対象)は、殺しちゃっていい。

②人を殺そうと思っている人間(殺したい人間)は、殺しちゃっていい。

 

この読み違いは、1種の心理テストのようになっています。

 

①は「殺意」の肯定。

②は「殺意」にとって、カウンターパンチのように働いています。つまり、『死刑制度』です。

 

①と、読んでしまった人は、予め『超自我』『社会』『神』などからのタガの外れた人です。どちらかと言えば、犯罪者に近いようです。己の欲望に忠実なのですね。いわゆる、ケイオス魔術と言われる黒魔術の一派では、この状態を目指すらしい。規制、タガを外すための儀式的な行為(トリコのルーティンみたいな)をして、『超自我』の規制を外し、フロイトのいうエス、ないしはイドという領域に直結することを目指します。ここは、欲望の原子炉のようなもので普段は無意識の底に眠っていて、食事やSEXを通して、軽い満足感を得てまた眠ってしまいます。この無意識の中の『獣』を100%目覚めさすことを目指して、クロウリーの弟子のオースティン・スペアは魔術研究を繰り返していました。

 

②の意味だと思ってしまった人は・・『超自我』の支配を受けているひとです。ロボット人間と言っていいのかもしれません。この『超自我』は『上』、社会、親、宗教、国家などから来たものです。それは、律であり、上の規制のようなものです。人によっては『神』とかに映るらしいです。

 

『獣』が目覚めると、どうなってしまうか・・シリアル・キラーみたいに『殺し』がとまらなくなったり(嘘食いのロデムのような)、エロすぎてフランス書院文庫みたいになってしまうのかもしれません。夢枕獏のサイコダイバー・シリーズの教団『ぱんしがる』みたいになるんじゃ・・人の姿すら失うと『黒御所』ですな。

 

しかし、いわゆる『軍隊』の『兵士』たちは違います。彼らは、どちらかと言えば『国家』という『超自我』の方向から・・上から言われて、任務としての『殺し』をしているわけですから。どちらか、と言えば②の考え方なんではないでしょうか?

 

もうひとつ、テストがあります。

 

●『神』は殺せる。

 

さぁ、どう読むか・・?!神を主語にするか、目的語にするかで違います。