肉の器

 いわゆる、向こう側の存在・・に接したときのこと。ゲーティアなど、悪魔本をいじっていたからですかね、出てきました。雰囲気としてはクロウリーに憑いたやつみたいな・・「筆記者よ、逆らうか?だが、私のほうが強きものなのだ。」

 

しかし、それは、正確には「私のほうが強きものなのだ」とは言いませんでした。

 

正確には、「しょせんは、肉の器、拒否できまい、」と言われたのです。

 

 まず、その悪魔的エネルギーが侵入してきます。とエネルギーは真の「因」なのですが、通常の頭では怒りは「果」に思えてきます。怒りの原因であるところの環境、人などの外的条件は、それが原因なようで、後から(時を無視して)エネルギーに造られています。

 

悪魔的エネルギーは凄まじい怒りの感情を心に喚起します。そして、自殺衝動も。

 

 環境がどのようになるか、と言えば、誰も彼もが自分に嘘、利用、軽視、裏切り、耐え難い侮蔑をしているように思えます。それとともに、嘘だらけの世界を破壊したい願望、妙に自分と世間が輪郭がくっきりと、敵対していて・・変に高揚感ありました。そういうふうにもっていかれるのです。トレンチコートマフィアもそれに取り憑かれたのかもしれない。

 

 また、自殺を唆されます。いったん、自殺を選択してしまえば、自殺すれば悪魔的エネルギーはどういうわけか、喜ぶし、失敗したら、で神との契約の切れた自殺未遂者を占領してゾンビ的な奴隷にしてしまうのです。自殺は、神との契約を切る行為なのです。

 

 かくいう私も、瞑想などし始めてから、いろいろ変な神社などのいわゆるパワースポットに行っているうちに、どうしても今のうち死ななければならない、というすごい妄想にとりつかれ、まさに、何かに取り憑かれ、自分の身体に根性焼き、刃物で切り傷、自分で自分の首をしめたりしてました。目の血管がそれで切れたりしました。そんなわけで、格闘技のスパーの際は、私は絞め技に強いです。しかし、私がまさに致死的な行為をしようとしている最中、飼っている猫が私の横を平然とした顔で通り過ぎていき、なんだか私は沈静化しました。そして、バカらしくなり、しばらく霊的なことに触れなくなり、俗物的になりました。しかし、その沈静化はありがたくも、何か不自然であり、突如止まる、といった感のあるものでした。

 

 つい、先日、ロシアのウクライナ侵攻や、アメリカのイラク空爆が決定したとき、私は異様な高揚感がありました。「法の書」が増刷される度に、クリミア戦争、サイゴン陥落、中国四人組粛正などがありましたし、今回もウクライナ(クリミア)紛争、アメリカの空爆、中国での粛正、とクロウリーに「法の書」を書かせた「エイワス」が急発進した印象を受けたからです。私は、ヒットラーの演説をきいてノリノリでしたし、「時には起こそう大戦争!」とか踊りながら叫んでました。しかし、その後、数分後、妙に沈静化し、「戦争、やっぱ止まんないかな?」といった気持ちに変わりました。その沈静化が、なんか不自然な感じでしたが、私の中では、数年前の猫がよぎったときを思い出しました。

 

其の時、私は、自殺衝動や、戦争礼賛のエネルギーは、おそらく同じものであり、私はそのエネルギーに踊らされていることに、気づいたのです。(気づかされた?)

 

 これがおそらくマニプラ・チャクラにおける、怒りの解除法です。マニプラ・チャクラは怒りと深い関係のあるチャクラと言われています。そっから上のチャクラにタッチするには、どうしてもこの解除法(踊らされていることに気づくこと)が必要となります。

 

 そういった、悪魔的なエネルギーを「飼っている」術師もいることは、いますが(私は彼らに接触したことがあります。)・・長時間は耐えられません。もって、数年かも・・。彼らのうちの1人の術師の考察は若年ながらたいしたもので、エネルギーが本因であり、普通に因と見なされている、多数の原因は結果であり表なのだ、普通の人はその表のどうでもいい言葉を弄び、世界のあるべき姿をねじ曲げている・・と見事に考察されていました。数年後、彼は、親に精神病院に軟禁されているとの風の便りがありました。

 

 ので、彼ら術師は弟子を造ります。弟子とは聞こえはいいですが、いわば「形代」です。弟子に、狂ったエネルギーを渡してしまうわけです。砂漠のアザゼルと同じ原理です。それで、師匠の術師のほうはだいぶ楽になります。