バアルについて

 バアルは降雨、豊穣、牛の神とされていましたが・・雨は粒子的なものとされています。バアル神は、時には氾濫する河川の蛇神、ヤム・ナハルと対立するものでもありました。蛇神ヤム・ナハルが何なのかと言えば、長い、終わりも始まりも見えないほどの『長い』時間だと思われます。思うに、粒子、点というものは『長い線』を切り取った断面とも考えられる。つまりは、リバイアサン的な『長い蛇』を、切断し、断面をつくる動きがある・・。切断、時間にとって切断とは何か?と言えば、例えるならば写真を撮ることではないか?と・・。時間の連続体に断面をつくるとは、静止した時間を切り取ると言うことと思われます。それは、写真、言葉・・『記憶』といったもので表されるかと思います。ちなみに、波と泡沫の神とされた、愛の女神アスタロテは、時間性のループを表していると思われます。これについては、また別の機会に語りたいと思います。

 

 バアルは『牛』と関連しています。紀元前4000年前はバアルの時代でした、なぜならエクイノクス(春秋分点)が牡牛座にあったからです。さらにその前、紀元前6000年前まで遡りますと、双子座に春秋分点が来ます。故に、バアルの時代の前には『双子の神』の時代があったと思われます。サカーラの遺跡に『双子』の生け贄が捧げられていた時代です。現代、キリスト誕生から2000年は魚座の時代です・・魚座の真の姿は母と子(ビーナスとエロス)がへその緒で結ばれているということなので、この2000年間(ミレニアム)は聖母マリア(母と子)の時代なのです。紀元前2000年前からキリスト誕生まで春分点は牡羊座にあり、犠牲にされた牡羊(キリスト)で完成する『旧約・新約聖書』の時代です。

 

 さて、牛は反芻する動物です・・これは『記憶』と深い関わりがあります。我々、人間の記憶は、何回も反芻することによって定着するからです。それ故に、バアルは『牛神』、『牛頭の神』として崇拝されていた。連綿たる時間連続体を切断(剣)し、粒子的な『記憶』『言葉』にしてきたのです。剣により切断し、分断された記憶を我々は脳裏で再び、組み立てます。そういう意味で、人間の頭の中は最初からキュビズムであるし、ピカソの絵画の如きものなのです。いわばその切断した記憶を元に組み立てられた『思考』によって人々は『文明』を築き上げていきました。これは頭の中の『都市』でもあります。これは、本来の『流れ』を切断し、頭の中の『王』の命令により『職能神コシャル・ハシス』が組み立てたものなので、本来の『流れ』とは違う歪んだ認識になります(人間特有のゲシュタルト)。

 

 この『蛇神の切断』については、スサノオがヤマタノオロチを、セトがオシリスを、セムがニムロドを、マルドゥクがティアマトをバラバラにしたことなど、断片的な伝承が伝わっていますが、この断片こそがそのバラバラを表しているのか、とも思われます。どのみち、共通するのは天神や嵐神が、天の上空から、巨大な蛇神を、剣で切断した・・ということです。そして、それが人間の記憶の進化プロセスを表しているのかもしれません。『人は反芻して、記憶することを覚えた!』ということです、牡牛座が『頭』しかないのも、そのせいかもしれません。