謹賀新年2014

 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。読者のかたがたにこの場を借りて、新年の挨拶とさせていただきます。思えば、昨年は今まであった古いものや関係性が、容赦なく壊れた年でした。長く続いた嘘、関係性、意味のない仕事、意味のない思想、無理に延命してきたもの・・容赦なく壊れていき、死にました。それは、死や、別れといった形で顕れました。そういう意味では2013は "END OF WORLD"であったと実感できました。

 

 ひとつわかったことがありました、本当にキツい体験には、カバラも占星術も、密教も、魔術も、悪魔も、お金も・・何一つ役には立たないということですね。逆に、そういったものの達人であったのならば、キツい体験は”受け入れるべきもの”なのだな、と理解してしまうので、余計にきつい、というだけですね・・。

 

 古いものを壊したあと、新しい何が来るのか・・というのは2014の課題です。

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コメント: 6
  • #1

    OBA「 (土曜日, 04 1月 2014 23:19)

    あけましておめでとうございます。
    悲劇が起こってしまうことは全く嬉しくはありませんが
    何一つ役に立たないとお聞きして何故か嬉しいです。
    (それらが否定されたという意味では無くてです。)

    数字だけ見ますと、20:14に見えました。
    意味合いが違うかも知れませんが、人間の錯覚や妄想が壊れますのなら、何が見えるのか興味深いです。

  • #2

    EBI (日曜日, 05 1月 2014)

    あけましておめでとうございます。今年は除夜の鐘をきくことができませんでした。とはいえ仏教はいいですね…正直で。2013年に感じたことは、キリスト教徒は、確実に人を裏切るようだ、ということですな。新訳聖書は、人は必ず裏切る、ということを言いたいのだと。それも、予期せぬ形で。詳しくは申せませんが私を見事、ペテンにかけたキリスト教徒さんはこれで5人目いくかなー。死ぬ前数えたら13人になるかも。と、それが、良い方向に進むか、悪い方向に進むかは2014年次第かな…(ーー;)

  • #3

    ebi (火曜日, 07 1月 2014 16:44)

    追伸。

    あのローマ数字の人のことではありませんよ。

  • #4

    OBA (火曜日, 14 1月 2014 10:05)

    把捉しました。

    除夜の鐘と言いますと108ですが、108=4×9+8×9と分解して、四苦八苦と読み改めます場合。48は、衆生の象徴を顕す数字のようにも思えます。そこで弥陀48誓願を思い起こします。誓願の内容は「~できないようなら、わたしは決して悟りを開きません」とあります。仏説は、覚った立場からでございますが、これは悟る前の衆生の立場だと思いました。(誓願そのものが仏心に基づくものなら、衆生界を超越しているとしましても。)

    そこで、数秘術の計算法では、48は、4+8としますと合計12です。(さらに3になるとは思われますが・・・)あちらの宗教の世界では12は好まれますが、13を忌み嫌っていると聞きます。13と言えば、仏教では「13仏」と積極的に取り入れています。13=4+9では49です。四苦八苦の「四苦」は、釈尊が三界を実は素晴らしいところでは無いと見切っているどころか、四苦を釈尊ご自身が実際に身に受ける前に、見通されていると「四門出遊」の逸話から感じました。普通は、(八苦のほうでは無く、)四苦に関して自分自身が痛切に体験して知ってしまった後では、いまさらどうしようも無いの状況になってしまうものだと思います。まるで、人が体験して知るまで、四苦の実際は知られてはならないように三界のシステムがなっているような気がするほどです。

    追伸:数秘術は息子が生まれましたので、名前を付ける過程で知りました。さりげなくご報告です。

  • #5

    ebi (土曜日, 18 1月 2014 16:24)

    息子さん!セカンドチルドレン誕生ですか・・それはそれは・・・ビックダディ椎茸、みたいな。サードチルドレン目指してがんばってくださいw
    エヴァに乗れるかもしれません。

  • #6

    OBA (月曜日, 27 1月 2014 17:09)

    エヴァンゲリオンの主人公は、エディプスコンプレックスの過程を経ていなく、もし、女性に母親を求めるだけならば、力を手に入れる方向性は、母親を超えた平和なぬくもりの世界では無く、かえって闘争のシステムを壊そうとする世界に入ってゆくものと解釈しました。
    エディプスコンプレックスを経て良い点は、理想の母親ではなく、自分の母親を超えた新たなところを見出すところでしょうか。もちろん、エディプスコンプレックスを経ていないからと言って、包まれる様なぬくもりが得られない訳ではないハズです。
    サードチルドレン・・・身の回りのみなさんがサラッとおっしゃるのでブルブルしています。