LOST

 何かに執着、依存していて、それが長期にわたっていた場合、それが突然なくなると人は様々な心的反応を引き起こします。私の人生の場合、執着対象といよいようまくいきこれからだ・・という矢先に失うことが多かったです。16小地獄のパターンと同じで・・刃物の山林をくぐり抜けて山頂におわします欲望の対象に近づき、それを抱きしめた矢先にそれは煙のようにかき消えてしまいます。見ると、その欲望の対象は山のふもとでおいでおいでをしているわけです。こんどは刃物の山林を降りていって抱きしめようとすると、また消えて、こんどはまた山頂にそれはいるわけです。地獄の亡者は半永久的にそれを繰り返しているらしいです。自分の人生を見るに、このようなパターンの繰り返しでした。

 

 さて、親、伴侶、ペット・・消失する対象は様々ですが。失くすと、奇妙な現象が起こります。”シグルイ”で片腕を失った藤木源之助が、さも片腕のあるような感覚を感じる、これは”幻痛”というものです。と、元の何かは”無い”、のにあるかのような心的反応、思わず語りかけてしまう、ありありとイメージして、あると勘違いしてしまう。これは引っ越したばかりのときにも起こりえます。

 

 人の死というものは変なもので、皆まさか??と思っているために、えっ、エッ、えーーーっ、マジ??とか思っているうちに、事態がそのまま進んでしまうために、日常という曲が、変な不気味な曲になってしまったようで、不気味です。この、モチーフは吉本バナナの”キッチン”や村上春樹の"ねじまき鳥のクロニクル"などにも詳しいですが・・。私も友人や彼女に去られた(死んだり、行方知れず)ことがけっこうありますが、鳴らないケータイ電話は死体みたいだな、反応しないな・・という思いを抱いたことが多々あります。

 

 この手の不在感覚には、自分の性別で・・たとえば、母や妻を失ったとき、これは女神リリスが飛び去ったか・・というように感じられます。父や夫を失ったときは、神の不在、神は死んだ・・というように感じられます。こちらは、子供なのでホームアローン状態、となる気分に浸ったことが前にありました。古事記などは前者のロスト女神の典型ですね。もっとも、個人的な体験では・・まぁ、女性原理というのは飛び去っても、なんか全然関係ないところで再び出会って、アレ?何してんのあんた?みたいな感じになります。男性原理は立ち去ると二度と戻ってこない感じがしますが、女性原理はしぶとく、立ち去る際にも人をトリックをもちいて騙す感覚があります。あくまで、私的な体験です・・。