アツい仏教的時間論

 あるとき、こんな明晰夢を見た。私は◯◯という名前で呼ばれるものに、いつのまにかすり替わっていた。◯◯は周りから讃えられ、愛されていた。どういうわけだか、◯◯はいなくなり、◯◯がいなくなっちゃう・・という美人の奥さんの泣き声をも聞いた。しばらくして、◯○の遺体が発掘されていたようだ。発掘されたものを指して、ようやく◯◯を発見、発掘した・・そう周りが言っているようだが、私とは名前が違う。私は現世に生きており、どちらかというと魚介類に似た名前なのだ。

 

 

 私は、周りにいた◯◯を世話する巨乳女を、押しのけたが、どかない。その女は、こちらを◯◯だという名前を認識させようと名前を何回も呼ぶ。私はボケ老人のような扱いである。私は、◯○という名前ではないこともあり、苛立っていた。魚介類に似た名前の私としては、もう尋常でないほど苛立っていた。

 

「おれは、◯○じゃねーっての!」

 

 女は押しのけてもどかないので、吸っていた煙草を巨乳女の乳にあてた。「アツい、アツーい」と、のん気な声が聞こえる、女は全然こたえていない。(※「アツい、アツーい」はパチスロAKB48で"ぱるる"が激アツチャンスのときに言う台詞であるな・・という、どうでもいい現世の事実が脳裏をよぎった。3週間ほど前にパチスロしたような・・?)

 

 腹が立ったのでそのまま眠りについた。10時間後ほど後に目が覚め、うつらうつらしていると、昨日、隣りで私を◯○と勘違いした女が、なんとようやく乳が煙草の火で熱くなったらしく「アツっ・・アツい〜〜〜っ」という状態になっているヴィジョンに明晰夢で脳内に割り込まれた。(まだ、いたの??と驚いた。)

 

 そこで、わかったのだが、夢の世界で、むかつく対象物に何らかの効果を及ぼす行為、もしくは攻撃をしたとしても、夢の中の対象物に作用するのは数時間ないしは数十時間後であるということ。(※3週間前のスロットが関係しているならば、この名前を間違えられる苛つきという因が、過去にまで作用していることとなる。つまり、数週間ほどの現象が、ギュッと縮んだ顕われの夢なのだろうか?となれば、何らかの原因により違う名前を呼ばれて苛つくという現象が底流を流れており、さらに、それが牛の反芻のようにリフレイン(波)しているということになる。まぁ、その可能性はひとまず置いとこう。)

 

 現実世界で煙草の火を押しつけられて、アツいっとなる時間を約1秒と換算して、10時間後ということは、1×60×60×10=36000・・3万6000倍もの時間が経っており、おそらくその世界と【私の本質】の間には3万6000倍もの時間の隔たりがあるわけである。

 

 考えてみると、自分でない名前が賞賛され、嫉妬し激怒、攻撃するというのは【修羅道】のパターンであり、賞賛されている◯○をインドラと推測してみる。(人によっては◯○はイエスとかヨシュアとか言うかもしれないが、それでは仏教的時間論にならないのでひとまず、置いておく)。

 

 つまり、名声や讃え、美人の1人娘をすべて奪われ、◯○・・(天帝釈、インドラ)に嫉妬する修羅(アスラ)は、天(デーヴァ)に千日戦争を仕掛ける魔神となるが、その修羅がその嫉妬と怒りと闘争の罪により、地獄に落ちたとしよう。かの地獄においては時間の流れは3万6000倍違い、おそらく天の1日は、修羅の落ちた地獄においては3万6000日になるのではないか?と。3万6000日は年に換算すれば98年である。約100年だが、天の1日は地獄の100年なのかもしれない。

 

 ちなみに、私は体調不良のときは、木々の葉っぱが刃物に見える。おそらくは現世の私⇔外界という相対性、関係性のテンションの状態に【六道輪廻】というエネルギー変化状態は現れるのではないか?と。エネルギーを観察していると【六道輪廻】というものはよくわかるものである。エネルギーというものに詳しくなると、【六道輪廻】というのは非常に言い得て妙な分類だとわかる。現実の物質より少しばかり奥のファジーな層においては、見られ想われていないとそのもの自体が存在しえないので、エネルギーを食べるためのシステム、手口などが霊物により蔓延しているのだが、それでも食えない霊物というのはいるらしく、そのような食いつめた飢えたエネルギー状態を【餓鬼】と呼ぶ。【六道輪廻】の詳しい解説はまた次回。