馬と人参

 こういう罠に引っかかる人いるか?とか思ってもたいがい引っかかります。定型化された罠・・。世の中、「馬に人参」と同じで欲望の対象が目の前にあり・・それに焦らされて脳が沸き立つ。手に入れたとたんに、何か自分が罠にはまったかのようなストーリーが急速に展開していき・・。AKBのさしこなんかそんな感じですな。持ち上げられて落とされるのが、一番こたえる。EOさんの話しで芥川の「蜘蛛の糸」をもじった話しがありました。「蜘蛛の糸」を二回目にチャレンジしたカンダタが、「よーし、みんな一緒にあがってこい」と地獄の亡者どもを引き連れて蜘蛛の糸を登っていくが、空には大きな雲・・でなく大蜘蛛が待ち構えていて、みんな食われてしまいましたとさ、というお話。

 

 が、そういう場合はまだ恵まれている・・人生ゲーム的には恵まれている。ドラマティックですらある。たいていの場合、「欲望の対象」が手に入るどころか・・手に入らない場合のほうが多い。「欲望の対象」があり、焦らされている・・・が、それは手に入らない。神は俺を焦らして遊んでいやがる・・とも思う。女、金、名声、悟り・・何故かそれら「欲望の対象」はけっこう目に入る、知り合いが持っていたりする、が、自分は手に入らない。たどり着いたとたんに、それはどこかに行ってしまう。仏教の十六小地獄にそんな地獄があった。欲望の対象(例えば女)が山のてっぺんにいる。山には小さい刃物のような草がびっしり生えていて、それを我慢して血だらけになって、山のてっぺんにまで登ったら、女は山のふもとにいつのまにかいる。こんどは、ふもとまでまた血だらけになって降りたら、また女は山の頂上にいる。地獄の住人はそれを半永久的に繰り返しているというお話。

 

 

・・・今の私は、そんな状況です。