妙法蓮華教提婆達多品私的解釈(図)

 図にするとこんな感じです。見事に黄金螺旋を描いています。ポイントは過去において仙人の時は釈尊は弟子の立場にありますが、法華経の説かれた「今」においては師の立場にあります。ようは立場が逆転しているわけですが、おそらくは、過去へ遡ると主客が転換する。「遡行性時間における主客の転換現象」がここに見られるわけであります。

 

 ある師匠にすごい術を学んでいて、クライマックスにおいて師匠に、これはかつてあなたから教えられた術です・・という体験をしたかたもいるかもしれません。これは三千世界にはつきもののシステムでして、誰が設定したのか?ひょっとしたら梵天かもしれない。おそらくは2者間の会話と思われても実は一者のモノローグだからかもしれません。これを見つけたときには誰がこんな意地悪なシステムを設定しやがったのかと思いましたが、お弟子さんにこれはと思う人を見つけたら、「まぁ、あんたはオレより伸びるかも」としょっぱなからカマすのもよいかもしれない。

 

「今→過去→未来」おそらくはこのパターンを繰り返しているわけで、無限の「今」から発展していきます。これは如来の螺髪や白毫をイメージしてもらえるといいかもしれません。無限の「今」から繰り返して発展していく時間。「提婆達多品」における「法華経」の時間論は後半の竜女の悟りでさらに高度に発展していきます。竜女はいつも途中から「乱入」してきます。竜女は文殊菩薩が言葉言い終わらないうちに、登場します。そして、三千大千世界を表す宝珠をわたす時間よりも疾くに、変性男子します。そして、もう一つのキーワードは「須臾」という時です。「善男子しばらく須臾を待て」という釈尊の言葉にヒントは表れています。「須臾」は約48分・・しかしここではその時間の長さよりも、時間を直線的経過時間ではなく「ここからここまで」という区切った単位・・とします。これは喩えば蓮の葉とすればその真ん中に乗る感じです。( (⇄) )これが蓮の葉に乗った「仏」と捉えてください。私は「仏」を振動として捉えています。・・振動として捉えると変性男子の秘密にまでつながっていきます。それより疾く・・としますと、疾いというよりかは長短の問題となります。そして、女性が男性に変性するという妙な奇跡は、この蓮の上の「振動」は男子と女子の間で起こる振動と言うことを表しているのではあるまいか、と。蓮の葉を「須臾」という時間で捉えると、それより短いスパンの時間で「振動」が男子と女子という2つの極の間で起きているのではないか・・と、最近思いましてつらつらと書き並べてしまった次第です。直線的時間からΦ曲線・・螺旋的時間と進んで参りまして、そして時間を区切った粒子的時間・・というやつです。どうもグルジェフの影響があるのか「振動」と表してしまいましたが・・。あくまで私的解釈です、念のため。

 

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コメント: 1
  • #1

    EBI (木曜日, 04 12月 2014 13:39)

    ここから、そこまで、というのが定規による時間の区切り方。時間的粒子というものがあるならば、点として捉えるならば、イメージするに白紙に点を打つ作業であろう。しかし、これでは時間は停止している。片手で拍手するようなものである。隻手の考案を参照されたし。ここから、そこまでと時間を区切るには2点必要なのだ。しかし、PCの画面上にある動画を再生するようなプログラミングをするとして、ここからそこまでの2点のみを設定すると、ループするだろう。