"Equinox"について


卍 このHPは、仏教とオカルトと占術の研究ページです。

         

管理人:HEBI ©Equinox


五戒の理由

ついに、武漢肺炎の日本国内での感染者から死亡者が出ました。不運な偶然か、それとも、恐ろしい何かの始まりか。


covid19、コビッド19という変な名前がついたようです。ホビットの冒険とか、消費者金融のモビットとか思い出しました。


こちらからPRCに闘争を仕掛ける前に、敵が自らの毒で自滅するという面白い事態になってしまうとは思いませんでした。まるでダイバタッタのような国ですね中共。自らの毒爪で死ぬ提婆達多のような中国共産党、南無仏!だって、戦争用に造った生物兵器の漏れで自国が壊滅しかけてるんですから…提婆達多国家と呼ぼう。


武漢の上空では火葬の際に発生する亜硫酸ガスが大量発生。その量から1万5千人前後の死亡者が推定されています。画像はその衛星写真。


このような危険なウィルス蔓延時の情報操作、情報統制が完全に初動の遅れを招きました。そして、発見した李文亮医師を犯罪者呼ばわりして処罰し、幽閉したあげく、死亡させてしてしまいました。こんなマヌケな政府を奉ってる人民諸君は、革命という概念を知らない人たちなのか?と疑ってしまいます。選挙や投票という概念すら無いからしょうがないけど。この隠蔽体質はバイオハザードには通用しません。事態を明るみに出そうとした市民記者2名がさっそく行方不明になっていましたが、彼らの無事を祈っております。


さて、話しを仏説に戻しますと


十二縁起


無明滅すれば則ち行も減(へ)す、行滅すれば則ち識も減す、識滅すれば則ち名色も減す、名色滅すれば則ち六入も滅す、六入滅すれば則ち触も減す、触滅すれば則ち受も減す、受滅すれば則ち愛も減す、愛減すれば則ち取も減す、取滅すれば則ち有も滅す、有減すれば則ち生も減す、生滅すれば則ち老死・憂悲・苦悩も減する。


性愛やダーウィニズムから見た12縁起の説明として、根本無明を生命体にある居残り欲、分身を作ってまで残存したい欲望と説明した。そのため、そのための仕掛けが我々の遺伝子には組み込まれており、つがいを識別し、名色を六処により把握し、それらが接触すると、これといった相手には感覚や感情を誘発し、再びその感覚、感情を味わいたいと渇し、再び接触する原因となる。何回も接触しているうちに対象に中毒(執着)になり、ループする。そのうちに予め遺伝子の作戦どおりに、妊娠(有)して、出産され、子孫(分身)たちの生があり、老死がある。


逆観としてこの残存欲、分身を造り出してもこちらに居残りたい衝動を滅すれば、その意志により形成された遺伝子レベルで肉体に根付いたパターンも減衰する。番いへの識別、感情、渇愛、中毒が減衰する。これらが減衰すれば、受胎、妊娠そのものが減少する。そうすれば、苦の原因である生命体そのものが発生しない。つまり、生命体(有情)の発生しない〈涅槃〉を目指すということ。あくまで、殺害などによる苦を与えない、というのが条件となります。


苦痛を発生させずに、いかに苦痛の主体を滅するか、ということが救い、となります。この思想を信じるものは、まず、六道輪廻、宇宙、生態系の妨害をしてはならないという教えがあります。このようなおせっかいはしない、と梵天との取り決めであったのかは謎だが。仏教過激派を抑える教えかもしれない。なぜ、生態系は、宇宙は、輪廻は終わり無く戯れているのか?輪廻の輪を回す原動力が無明(存在への欲求)であることは間違いありません。存在への欲求は残存への欲求、延命のために様々な変化を通して半永久的に生き続けます。それはすばらしく見え、美しく見える、しかし実は食物連鎖という共喰いの島であり、残酷な苦しみに満ちた処です。ここに住むものは死滅が楽になることとは思ってもみません。


古代インド人は輪廻宇宙からの解放を目論みましたが、それは非存在への愛(解脱願望)を生みました。彼らにとっては死後、何かが有る、何かが残ることが恐怖だったのです。転生する個我という概念は多くの宗教とカルマ(業)の概念を生みました。それにしても先々のことですけどね。


死後には誰も行ったことはない、行っていない処から無いとは言えず、また有るとも言えません。したがって、断滅するとも言いませんし、非存在であるから憂いが無くてハッピーなのですが、そうとも確定できません。


常住説…神の楽園で永遠に幸福な状態であるとか、72人の処女の花嫁が迎えてくれるなど阿呆なことも言えないでしょう。精神の延命行為というのがよくわかります。どちらにせよ、先のことですので、発生してません。


こうした、延命、残存欲に対して、別に無くともよくない?という疑問を投げかけるのが仏教です。そしてその立場から戒が考えられました。戒には理由があるのです。


多くの者たちにとってはやはり、無のほうが恐怖であり、有り続けるためのベクトルに全ては向いています。彼らは真の教えを知らないからです。まず、彼ら有情は死滅が楽であることを知らず、その有愛(存在への欲求)のために日々活動しております。滅が楽だと知っている人が、滅を楽だと知らない者たちを押し除けて生きてはいけない、というのが取るべき態度です。この考えから、滅が楽だと考えないであろう畜生を殺して食べるなどの行為が禁止されます。(不殺)


そして、非存在への愛のために、生きとし生けるものの絶滅を目論んでもいけません。これは無有愛と言われます。例え、それが大楽にせよ、彼らは自由な選択をできない状態で、ノーチョイスで死に突入することになる。仏教は非常に知的な宗教なので、修行者の思索、選択、自覚、涅槃までの間(距離)、滅への態度が問題になります。


はは、まるで自死や安楽死までの哲学みたいですね 笑


また、教えを奉じるものが、生存の利益のために、滅の楽を知らない他人の財産を盗み損ねてはいけない(不偸盗)、となります。基本法則は同じで、滅が楽だと知っている人が、滅を楽だと知らない者たちを押し除けて生きてはいけない、ということです。


そして、最も大事なのが不邪婬戒です。まず、戒律を守っていれば、子孫はできません。空海や最澄、道元や日蓮に子どもはいません。お釈迦様にはいらっしゃいましたが、障害(ラフラ)という名前をつけられ、出家の原因となりました。親鸞には子どもがいましたが、親鸞が自分にだけ念仏よりすごい秘法を教えたと嘘をつき、門徒を騙そうとしたので、破門、絶縁となりました。チベットのカギュ派のマルパには子どもがいましたが、呪術合戦となりドルジェタクに呪殺されました。聖徳太子の一族の子孫は、蘇我氏に皆殺しの憂き目にあってます。仏教者の子孫はどうもろくな目に合ってません。


さて、本質的なことを言えば、いくら花が咲き誇ろうと、葉が多く茂ろうと、実(子)を結ぶ作戦のために形成されたものです。無始の昔からのDNAの欲求(貪瞋痴)により形成された、見事な作戦によるものです。しかし、花(形象、身体)がいくら綺麗であろうと、葉っぱ(SEX)がいくら多かろうと、全ては実(子)を結ぶために遺伝子に形成されたものなので、実を結ぶことを否定したものは、花も葉っぱも用はない筈なのです。また、遺伝子の形成を利用して花や葉っぱだけを楽しむのは、教えを信じるものの態度としては正しくありません。未練は有愛(存在への欲求)の原因となりますし、ひょんなことから実(子)ができないとも限りません。


不妄語戒は嘘をついてはいけない、とされます。存在への欲求のため、自分に有利な条件、状況を手に入れるために、嘘をつきます。無明(生存、残存欲求)のために嘘をつきます。死後の世界をクリエイトしてしまうのも妄語でしょう。


不飲酒は、これは酒というよりも、大麻やキノコなどその手のものを戒めているようです。この手のものに手を出すと、いとも簡単に映像と音響つきの虚構が成り立ちます。


死後が有ろうとも、無かろうとも、病根は想像上の延命による心配であり、先のことを考え心配することです。あるいはその反動としての非存在、断滅への想像、欲求です。非存在というのも想像上での非存在であり、先の希望としての非存在です。考えてるうちは、非存在ではありません。先は全くの未知です。


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なぜ名色は六処の前にあるのか?


感覚器官はイナズマのように作用するだけで、それ自身では知覚されず感覚内容の色から逆算して導き出されているので、名色の後に六処があるのだろう。思考内容と感情から、それを機能させる意根を遡り認識する。が、その機能はあくまでも機能の結果から推理できるのみであり、実体視できるものではない。その裏付けは経験的に先行する名色によってのみされる。


[目、耳、鼻などの感覚器官もその色形によって把握され、また、その働きを、理屈や経験則として(名)把握しているので]

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PRCをぶっ壊す(中国は風邪をひく)

新型肺炎、コロナウィルスでえらい騒動になっていますね。はっきりいって、仏罰です。

チベットへの破仏行為への悪カルマです。


さて、チベットに起こってきたことは日本にも起こり得ます。外道帝国政党が仏教国を消し去ろうと目論んでいる場合にはどうすればよいか?ようは中国共産党なのですが、これは中国共産党のアジェンダの要項を知ると、我々日本人にとっても抜き差しならぬ問題となるわけであります。まぁ、共産主義とは名ばかりの中華スターリニズムに堕しているわけですけれども。あんな貧富の差は日本にもないので、共産の名を冠しているだけで笑えます。トロッキストやネオコンのほうがまだマシといった体たらくです。ネオコンやイルミナティの方々はイスラムというまた別の外道を崩壊させようと目論んでいるようですが、それはまた別の話し。仏教徒として、アジア人としては、まず東アジアに目を向けなければなりません。


中国共産党と言っても、共産主義をマルクスがせっせと考えだしたころには、AIも仮想通貨もなかったわけですから、この現代に適応するには少し無理があるでしょう。ある地点まで来たら、過去から登ってきた梯子は捨てられるべきであります。それに気がついた若い人たちがデモや独立や環境問題を叫びますが、気がつかないのは古い仕組みで利益を享受してきた人々。現在に適応できない歪みを抱えたまま現在の国家の仕組みを維持するためにチベット、ウイグル、香港、台湾、他東アジア諸国のみならず地球環境までもが酷い目にあっているわけです。中国共産党の政策でマシだったのは1人っ子政策くらいで、拡大し続ける人口を止めなければどうにもなりません。そもそも仏教では、自らのコピーを造り出す衝動の元に有身見という根強い迷い(無明)があると説明します。無を病的に恐れる衆生にとっては、子孫繁栄は尊いこととされています。これに対して仏教思想ではことさら非存在に渇するわけではないですが「無でもよくない?」というスタンスをとっています。なので、真の仏教国というのは別に滅亡を避けたいという想いが、有ることにこだわる帝国の人民より弱いので、こういう目も当てられない事態になってしまうのです。そもそも、国民性からか密教的な仙道でさえ、自分の分身である陽神をわざわざ造ってから、自然に還元するという方式をとってますので、じつに根本無明が根強いのが漢民族です。とは言え、私も半分、漢民族の血が流れていますからお恥ずかしい限りですが。


いろいろ言って回り道してしまいましたけれども、結論から言えば中国共産党とその権益に群がる連中を止める必要があります。NHKをぶっ壊す!じゃないですけれども、中国共産党(PRC)をぶっ壊す!これが日本のため、チベットのため、香港のため、台湾のため、中国人自身のため、東アジアのため、世界のため、環境のため地球のためであるわけです。


では、どうやって中国共産党と人民解放軍を止めるのか?はっきりいって、学問ばかりやっているチベットの僧侶や、外道のイスラムではあるがごく普通の暮らししかしてないウイグルの人、デモに参加しては警察の暴力により鎮圧される香港の学生では、人殺しの練習ばかりしている人民解放軍兵士にはかないません。日本の自衛隊ですら、危ういでしょう。もはや昔の日本兵の凶暴性はありませんから。


となると、とられる手段は、漢民族じしんの民主主義的な一斉蜂起を応援、扇動しつつ、まさに遊撃戦を展開しなければいけない。これは、毛沢東のやり方をもって毛沢東を倒すがごときことです。


この聖戦において正規戦争は行われておらず、見えない遊撃戦争が裏で行われることになるでしょう。仏教国であるチベットや日本、タイ、ミャンマーが小さい国である一方で中国が強く大きな国である。さらに言えば僧兵は民間人であり、正規軍ではないです。この、民間の遊撃部隊の戦いを、どうコトを大きくして、正規の戦争にするか?分散しそうな軍事大国の圧政下の民を、どう教化、扇動して革命を起こさせるか?仏教側国家は多数あり、統一戦線を張れば、内部の一揆、革命において攻撃するであろう人民解放軍を封じ込め、ないしは兵力の分散に成功する。


毛沢東の言葉によれば


『戦争全体の問題として遊撃戦争は正規戦争と関連していながらもその独自性が理解されなければならないのである。』


さて、もう一つ重要な問題があります。


我々にとっては当面では味方であるが、最終的には敵になるであろう勢力が国際シオニストと言われている人たちです。


今回のコロナウィルスの騒動はアングロサクソンミッションという謀略のシナリオ通りと言われています。10年以上も前から念入りに準備されたシナリオのようです。


2005年にロンドンのシティである会議が開かれました。その内容といえば、会議の参加者である人が証言するところによれば、


『第三次世界大戦が計画されている。それは核兵器 と生物兵器を用いた戦争となる。それはまず始めにシオニスト側の国がイランを攻撃することで戦争開始となる。応酬として、イラン または、中国のどちらかが、核で反撃する危機となる。キューバ危機の再来である。その途中で一旦停戦となる。核危機の停戦中に、生物兵器が散布される。この生物兵器は中国人をターゲットに散布される。この作戦は"中国はかぜをひく"作戦と命名されている。生物兵器はアジアから西側諸国へとパンデミックしていく。その結果、社会インフラは弱められる。それに伴い、世界的規模の戦争の連鎖がひきおこされる。以上のような事態の組み合わせにより計画されている人口削減の目標は、現人口の50%減、とこの会議では決定された。』


この証言者の言うことが真実だとしたら、今回のコロナウィルスのパンデミックは国際シオニストの侵略行為と言えます。共産主義を信奉し破仏を繰り返してきた中華人民共和国には、いわゆる薬師経の七難、国で内乱が起こる自界叛逆難、外国勢力からは侵略を受ける他国侵逼難などが起こることは当たり前と言えるでしょう。


この記事を書いてる途中に入ってきたニュースではコロナウィルスが人工ウィルスであるとのこと、インドの科学者が新型コロナウィルスにHIVの塩基配列が含まれている、タイの医者がHIV治療薬を投与したところコロナウィルスが消滅、とのニュースにより証明されています。人工ウィルスなのでバイオテロの可能性が濃厚。


また、ごく普通の可能性として、普通に人民解放軍の生物兵器研究所が、ルーズな管理により外に漏れた、その線が最もありうる。大陸の中国人はルーズな性格なので、生物兵器研究所のゴミをそこら辺に投機してそうだし。SARSとHIVのハイブリッドウィルスですよ?人類滅ぼしかねない代物です。やはり、人民解放軍なんてぶっ潰すべきですね。


東アジアの平和を深く考えるに、仏教国である日本が、働きかけをして、中国共産党、そして人民解放軍に仏教徒への迫害をやめさせ、教化する必要があるのです。



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浄土と成仏国土

シャンバラは一種の浄土である。諸々の伝承や、テオドール・イリオンなどの探検家、ダライ・ラマやその他宗教家の説くところによれば、それは地下世界にあると言う。


前頁において、西方浄土がアルデバラン星系にあると推測したが、そのように「水」に溢れた理想境からどうしたわけか、太陽系に飛来した彼らは、木星と火星の間の、現在ではアステロイドベルト(小惑星群)になっている処にある巨大惑星に居を構えた。その惑星は、ユダヤ教伝承においてロトの妻が塩の柱になった等の大異変が元で木っ端微塵になり、彼らは地球の極から侵入し、地下世界に居を移した。地球の地表での太陽光に弱いため、もしくは、昨今のデビッド・アイクの研究によれば、改変された太陽フォトンを浴びたくないからか、地下に引き篭っている、などの怪情報、都市伝説、諸概念。法華経の地湧菩薩も、娑婆世界下虚空から出現しており、浄土シャンバラの地底人の存在はオカルト好き諸兄にはお馴染みのものであろう。


西方極楽浄土には、生命がいない。極楽鳥の描写が数多くあるが、あれは生命体ではなく、阿弥陀仏が法術で造り出したものだという。となれば、極楽浄土は生命体のいない、月面のような死の世界、美しいが誰もいない世界なのかもしれない。


前頁では、12縁起の説明として、根本無明を生命体にあるコピー欲、分身を造り保存したい欲望と説明した。そのため、そのための仕掛けが我々の遺伝子には組み込まれており、つがいを識別し、名色を六処により把握し、それらが接触すると、これといった相手には感覚や感情を誘発し、再びその感覚、感情を味わいたいと渇し、再び接触する原因となる。何回も接触しているうちに対象に中毒(執着)になり、ループする。そのうちに予め遺伝子にその思惑で組み込まれたとおりに、妊娠して、出産され、子孫(コピー)たちの生があり、老死がある。さらに、釈尊は言う、


無明滅すれば則ち行も減(へ)す、行滅すれば則ち識も減す、識滅すれば則ち名色も減す、名色滅すれば則ち六入も滅す、六入滅すれば則ち触も減す、触滅すれば則ち受も減す、受滅すれば則ち愛も減す、愛減すれば則ち取も減す、取滅すれば則ち有も滅す、有減すれば則ち生も減す、生滅すれば則ち老死・憂悲・苦悩も減する。


つまり、このコピー欲、分身を造り出したいという衝動を滅すれば、その意志により形成された遺伝子レベルで肉体に根付いた被形成物も減衰する。好みのタイプへの識別、感情、渇愛、中毒が減衰する。これらが減衰して条件が揃わなくなれば、受胎、妊娠そのものが減少する。そうすれば、苦しみを感じる生命体そのものが発生しないじゃないか?という論理です。これが、12因縁の逆観です。つまり、生命体(有情)の発生しないところ、ということが浄土になります。


仏教は恐ろしい、知らずに安らぎに満ちながら死への階段を降りている、とはどこかの偉い作家が言っていたことだと記憶している。


すると、これを短絡的に考えて、核や何かの兵器で、地球上の生命体を殺害したら、現実世界の浄土化、つまり浄仏国土となる、と考える人がいるかもしれない。しかし、考えてみればどの生命体にしろ死は避けられないので、この世界はもうすでに半分、いやほとんど浄土のようなものである。そして、何も発生しない、月面や宇宙空間のような環境が浄らかとして無にこだわっても、それは無有愛(パーリ語: vibhavataṇhā)と呼ばれる渇愛の一種で、存在しなくなることへの渇愛とされる。第一、生命体という生命体がいなくなったとしても、この宇宙が全くの無からビッグバンにより生まれたとされるように、また新たなる輪廻宇宙が、そして生命体(有情)生じてしまうので、無にこだわってもしょうがないのである。しかし、必ず死の来る世界であることが、浄土という解釈もできなくもない。つまり、往生は既に成っている。あとは、どうしたって死のほうが生存の罠より素晴らしいと悟ることが道となる。魂概念の延命や、概念を伝達するという意味での弟子育成や、肉体延命である性愛と育児、これらの穢れさえ滅してしまえばよい。死は安楽であり清浄境であり救いであるが、それに渇してはならない。一つには必ず来る死との距離の詰めかた、間の置きかたが問題であり、もう一つは死を救いとは思えない、考えられない、考えることのできない他宗教や、他の種類の生命体との関わりかたである。

「私は死を救いと知っている、しかし、なぜそれを知らない他の動物(有情)や、他の思想や他宗教(外道)、全く仏教の真意を知らない人々より、生存を得ようと、もしくは他生命を押し退けて生存しようとする?」という哲学的問いが重要なのである。

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謹賀新年2020

明けましておめでとうございます。

十二支では始まりの「子」になりましたね。十二支にまつわり、十二支因縁、または「子」の話しをしようかと思います。

まぁ、ネズ公の話しではないですがね


2020年は初っ端から、第三次世界大戦の危機に見舞われ、トランプのプロレスのせいでイラン国民及び、イスラム教徒の方々は煮え湯を飲まされましたね。ソレイマニ司令官は暗殺されてしまいましたけど、「ソレ、今ニ戦争だ」と残念ながら頭の中で考えてしまいました。「中国が風邪を引く」という何処かの予言通りに、謎のウィルス性肺炎が流行っています。プラスチックナノ粒子は北極の動物や魚まで汚染し、グレタさんが集合無意識に突き動かされるかのように叫び、また、ベテルギウスの超新星爆発によるガンマ線バーストによりオゾン層が完全に破壊される可能性も取り沙汰されています。ジョージア・ガイドストーンに書いてある通りに、人類の人口を十分の一にすべく、何かが動き出しているのかもしれません。


さて、ここ数ヶ月、いわゆるレプタリアン、恐竜人種、地球先住民、鳥に近い彼ら、について考えてきました。極楽浄土には鳥ばかりいる、という印象も手伝ってか、または鷲谷日賢の奇怪な本の影響か、キンナラや竜王、羅刹女について書き記してまいりました。はては、その起源を遠く十万億土の向こう、宇宙の彼方、アルデバランやペテルギウスの星系に求めてみたり。


さて、ここら辺で落ち着いて、なぜ「存在しないかもしれない彼ら」について書いてきたのか振り返ってみようかと思います。


まず、重要なのが、「彼ら」ないしは、彼らのモデルになった恐竜たち、は大滅亡によりこの世界には已に存在していない。また、何らかの手段、または異星の思惑か助けにより、当時の捕食対象である猿にその遺伝子を残したにせよ、それはあくまで仮説やオカルトの域を出ないものであり、その主流の形態や主な活動は完全に滅し、終了している。傍流として鳥は活動はしていますが、「竜種」としてはこの完全に滅びてしまったもの、という了解があるわけです。


以前の私の説では、アブラハムの宗教の聖典を極端に曲解した解釈、またはエジプトやシュメール、ペルシャの神話から、蛇や竜に象徴された太古の存在が自らの一部を人類に埋め込み、形を変えて生き続けているようなことを言いました。そういう意味で人類は畑なのだ、と。彼らはその畑を耕し、己が種族の延命を図っているのだ、という説。


似たような意味合いの大乗仏典、特に法華経では、方便現涅槃ニルヴァーナは方便であり、ブッダは未だ我々の行道不行道を見守っている、また久遠の昔から生き続けている久遠仏が出てきて、かなり常住のほうへ傾いた、仏は永遠の神のような存在になっています。


一方で原始仏教やその流れの上座部仏教での「解脱」は再び、二度とこの六道輪廻の世界に生まれ変わらないことを目的とするものであり、「灰身滅智」一切の煩悩を断ち切り心身を全くの無に帰すことが、理想とされる涅槃の境地、ニルヴァーナであります。灰滅、無余灰断とも言います。


おそらくは、生物種はこの「無」「滅」というものが非常におそろしい、そこから、生物種の努力は始まります。転生概念の発達や、久遠仏や、授記や、外道のパラダイスなど「精神(名)の延命」の文化を創り出しました。「肉体(色)の延命」においては子を造り、二世安楽、子孫繁栄を祈願するわけです。なぜ、子を造ろうとするかと言えば、子は己が分身、コピーであり、後の世に残すものです。言うならば、一種の延命です。そう徹して考えると、いわゆる性愛や闘争、労働や貯蓄、教育や医療に至るまで全て「子」を中心にして回っていると言えます。そして、この己が分身コピーである「子」を残したい衝動が、仏教で言う「無明」に近いものであるのです。ブッダは十二因縁を説きました。




「及び広く十二因縁の法を説きたもう。無明は行に縁たり、行は識に縁たり、識は名色に縁たり、名色(みょうしき)は六処に縁たり、六入は触に縁たり、触は受に縁たり、受は愛に縁たり、愛は取に縁たり、取は有に縁たり、有は生に縁たり、生は老死・憂悲・苦悩に縁たり。」


さて、ここで性愛(カーマ)、もしくはダーウィニズムから見た十二因縁を考えてみましょう。


子を残したいという根本欲求〈無明〉は行、つまりパートナーを探す指向作用(性欲とも言う)を生じます。〈行〉には生成作用という意味があり、SEXを暗喩しているのかもしれないですが、条件づけられた作用、または指向作用という意味があります。性的な指向作用は〈識〉と縁があります。識は男女の分別、つまり性別でもあります。そして、背の高さ、顔、頭のよさ、肉体の好み、性格を分別します。これは行の条件付け、つまりは予めDNAに書き込まれた情報プログラムに依っているのです。美しい異性、体が魅力的な異性、才能のある異性に惹かれます。行の条件付けにより、相手の分別(識)、選択がなされるわけです。識は行より起る。行はこれ識の縁たり、というわけです。


さて、分別は〈名色〉を対象としています。私たちは異性を色(形態)と名(精神)により把握しますが、対象が女性でしたら、女性の形態と精神があります。それを六処という感覚器官と脳(意識)により把握しています。名色は異性の性格(中身)と形態(顔やスタイル)と考えるとわかりやすいです。これら対象の性格と形態は六処という感覚器官と脳がなくては把握できません。六処は名色という対象と触(接触)することで作動します。接触により受(感情)が生じます。この受(ヴェダナー)は楽しい、苦しい、などの感情のことです。そして、次の愛(渇愛・タンハー)を生じます。これは、先ほどの受(ヴェダナー)を再び体験したい、という願望が生じるということです。再び、というのがポイントです。「再び」かの楽しい感情、感覚を味わいたい、しかし、今は味わえていない、故に渇するのです。愛(タンハー)は再生をもたらし、終わりなき転生(サンサーラ)をもたらすと言われています。再び、味わいたいがために、また同様のシュチュエーションに戻ってくるのです。そうして、再び味わうことに成功します。そして、ループが始まります。つまり、その感覚、感情にハマってしまうのです。これが取(執着、ウパーダーナ)と言われています。いわば、その感覚、感情に中毒してしまうのです。例えば、性愛のことでしたら、何度も相手と逢い、デートし、SEXをします。その感覚、感情、性愛にハマり、ループします。そして、その感覚、感情、それを齎す体験、条件、対象を手放したくない、と思うようになります。いわゆる執着となります。


しかし、よく考えてみれば「このどうしようもない状態」の根本原因は、自分の分身、コピーを後世に残したいという遺伝子の根本欲求のためであり、お相手の魅惑的な異性は単なる「釣りのエサ」なのです。お尻や胸がデカい女性が人気あるのも、遺伝子情報に、安産型であり、子に母乳という栄養をたくさんあげられそうだ、と潜在意識の奥底のさらに奥底の生物種としての経験に仕込まれていることによります。


さて、この遺伝子の仕込みの目論見どおり、お互いを気に入り執着し、まんまと何回もSEXしまったカップルは、当たり前ですがその片方が妊娠します。この妊娠を〈有〉といいます。自分達のコピーを残すことに成功したわけです。遺伝子自体の残存、種の保存が成功するわけです。これを「有」と言います。人類の有。これは人道だけではなく、他の生物種、存在形態にも当てはまります。例えばネズミなら、ネズミ種としての有、ネズミとしての存在形態(有)ということです。


そして、妊娠から出産(生)となり、その存在形態において生まれ、〈老死〉があります。

老衰・憂悲・苦悩、そして〈死〉はこの生に起因しています。


さて、先日ふと思ったのですが、別に子どもを造らなくてもいいじゃないか?と。まぁ、パートナーがいないことが理由かもしれませんが、よしんばお相手がいたとしても、あと20年も経たないうちに、環境破壊で地上は住めないような状態になるでしょう。気温も10度くらい上がりそうですし、アホな大統領のツイートで世界大戦が起きそうな状況です。生まれた子どもをこんな不安定な世界に放り込んでも、フリーメイソン、さらにはその内陣のイルミナティが人口の九割削減を目論んでいるならば、不幸にも死ぬ可能性が高い。だいいち、空海や最澄、日蓮や道元が子ども残してますか?子どもを残した親鸞もそれにより最悪の苦しみを味わい、絶縁していますし、さらにその子孫は徳川家康に利用され、宗派が完全に分裂する原因になってしまいます。苦しみの原因となっています。釈尊も、子どもができた時、ラフラ(障害)だと呟き、憂いたと言います。


と、頭では考えましたが、何処か引っかかりました。私は何故、子どもが欲しいのかを考え、将来、子ども居ないかもな、別に居なくてもよくないか⁉︎と考えた時に、あまりに巨大なよくわからない、無の池のほとりに佇んでいるような、そんな感覚に襲われました。この底無し池のような感覚が嫌で、滅亡と見せかけて(方便現涅槃)、実は世々生きている、無とは正反対の時間を超越した(降三世)、爬虫類人種(竜)について、チベット地下の都市シャンバラ、竜の王国ドラコニアを妄想していたのかもしれません。とは言え、仮説を妄想施設プラパンチャするのは楽しみなので、まだ少し続くかも。が、おそらくは無の嫌な感覚のほうが本来、ブッダが我々を連れて行きたい処なのでしょう。何が嫌かって、そのまま無の池の底無しに惹かれてしまう、そんなところもあるのです。


この底無し池…私にはまだ洗足池クラスの感覚ですが、悟りに近い人には無の海になってしまうのかもしれません。舞の海ではありません、念のため。どすこい!本年も宜しくお願いします。

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弥陀とベテルギウス爆発

前頁では阿弥陀仏の正体を推理するにあたって、アルデバランとそのエイリアンについて焦点をあてたが、紅頗黎色の恒星は西に二つある。もう一つの候補がベテルギウスだが、気になるニュースが飛び込んできた。


『CNN2019.12.27 Fri posted at 14:50 JST

冬の夜空に赤く輝くオリオン座のベテルギウスが、この数カ月間で急激にその明るさを失っているとする観測結果がこのほど発表された。天文学者らは超新星爆発を起こす前触れの可能性があると指摘している。

ベテルギウスに関する論文を今月8日に発表した米ビラノバ大学のエド・ガイナン教授は、CNNの取材に答え、ベテルギウスの明るさが10月以降著しく低下していると述べた。現在は通常時の2.5分の1程度の明るさで、夜空の星の中で23番目前後の順位に下がった。一時期は9番目に明るい星だったという。

ガイナン氏らのチームは、ベテルギウスを1980年から継続的に観測している。過去50年間でこれほど急激に暗くなったことはないため、何か尋常でない事態が起きようとしている可能性があると考えられる。

ガイナン氏は超新星爆発に向かう段階にあることを示唆したが、そうした動きは星の深層部で起こる。極めて巨大なベテルギウスの場合、観測によってその過程を明らかにするのは不可能だ。

ベテルギウスは地球からの距離が約700光年と、太陽系を含む銀河系の中でかなり近くにある恒星の1つ。誕生から900万年ほどが経過しているとされる。通常、このサイズの星が1000万年を超えて存在し続けることはなく、今後20万~30万年の間に超新星爆発を起こしてその一生を終えるとガイナン氏は見ている。

これまでにもベテルギウスは一定の周期で明るさを変えていたが、今回は過去数年と比べ劇的なペースで輝きを失っている。数学モデルに従えば来月半ばには暗くなる周期が終了するものの、ガイナン氏によると再び明るくなるかどうかは必ずしも断定できないという。

実際に超新星爆発が起きれば、昼でも肉眼で見えるくらいの明るさになるとガイナン氏は指摘。そのときは赤かったベテルギウスが青い光となって3~4カ月輝き続ける。完全に消えるまでには、およそ1年かかるとみられる。

爆発で地球の生命に直接危険が及ぶことはないが、放射された紫外線が大気中のオゾン層を破壊する可能性がある。』


阿弥陀仏は無量光仏、無限の光の仏とも言われて、その光は太陽や月の光を超えている、と言われている。西の方角をお釈迦様が入滅の際に顔を向け、大経では阿弥陀仏とその十二の光について説かれている。



その光は十二の光に喩えられる。それぞれ、十二の異名がある。日本では平安時代後期から、光背に化仏の形で造顕されることがある。


無量光仏・無辺光仏・無碍光仏・無対光仏・焔王光仏・清浄光仏・歓喜光仏・智慧光仏・不断光仏仏・難思光仏・無称光仏・超日月光仏 


曇鸞大師は『讃阿弥陀仏偈』十二光のひとつひとつを阿弥陀仏の徳にあてはめて讃嘆せられ、親鸞聖人も『浄土和讃』のはじめにこれを讃じてある。また親鸞聖人の『銘文』には、『首楞厳経』の十二如来と『大経』の十二光仏とは同じであり、十二光仏が一劫に一仏ずつ順次世に出現されるとある。



阿弥陀仏の属性が光なのには理由があると思うのだ。一つは、阿弥陀仏の原型がミトラ神にあるということ。これは、弥陀の48誓願が、契約、約束の神であるミトラらしいということ。もう一つは後で書くが、摩多羅神との関係だ。ご存知なさる方もいるかもしれないが、摩多羅神は念仏の守護者でもある。摩多羅=ミトラというのは、暗黙の了解と言ってよい。ミトラは光明神である。


そして、物質世界にもその顕れは現出する。それが、ベテルギウスの超新星爆発だとしてもおかしくはない。ただ、その影響は地球環境や人類の意識に大きなものがありそうだ。グレタさんが地球環境のジャンヌ・ダルクのように現れたのも、いよいよの感覚がある。

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